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ペンキ塗りとの2度目の恋

手芸が得意なママ友ができた。作ってみますねと言ったかと思うと、ひと晩のうちに端切れ布をガーランドやアマビエ人形に生まれ変わらせる。幼稚園のバザーで腕を上げたらしい。

「ミンネで売ったりしないんですか?」と聞くと、
「いえいえ、趣味なんで」と謙遜された。
「わたしはペンキ塗りが趣味で」と言うと、
「ペンキ塗りが趣味の方、初めてお会いしました」と驚かれた。

そうか。ペンキ塗りは手芸よりレアなのか。

もうペンキ塗りなんてしないと思ったけれど

たしかに、ペンキ塗りは一見手強い。

実際手強かった。何年も前に「襖に黒板塗料を塗って黒板にする」をやったとき、かなり手こずった。均等に塗れなくてダマだらけになり、ペンキがぼたぼたこぼれて、そこら中に飛び散った。おまけに、なかなか乾かなかった。

おトク大好き関西人なので、他のとこも塗れるようにと大容量のペンキを買ってあった。襖黒板の仕上がりには満足していて、あのドアやあの棚も黒板にしたいとは思ったものの、あれをまたやるのかと思うと気が重い。結局、カチカチになってしまった。

もう一度ペンキ塗りをする気になったのは、メルカリでガーデニング用の板壁を探していたときに、好みのものが見つからず、「だったら自分で作ろう」と思い立ったからだった。

すのこにペイントするだけのお手軽自作板壁。すのこはamazonで評価が良かった池川木材さんのものにした。多少値は張るけれど、その分長持ちしそう。ペンキでコーティングするとはいえ、雨風に耐えてもらわなくてはならない。届いた箱を開けた瞬間、檜の良い香りがして、しっかりした品だった。その後、キッチンの水切り台用にも購入した。

土台のすのこが決まり、肝心のペンキ探し。一度懲りているので、2度目はお手柔らかにお手合わせ願いたい。大失恋して以来、恋に臆病になってしまい、久しぶりの恋におそるおそる踏み出す心境。

ルームクリップ(お部屋見せっこアプリと勝手に呼んでいる)でDIYペイントの実例写真を見て、「ターナー色彩 ミルクペイント」が塗りやすいらしいと知った。屋外向けの「for ガーデン」というシリーズもあるらしい。

「ミルクホワイト」を購入してから、オフホワイトっぽい「バタークリーム」があることを知り、そちらを追って購入。「アンティークメディウムなるものを使うと、古びた感じが出る」とわかり、あわせて購入した。

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ミルクペイント×歯ブラシ

すのことペンキが揃った。あとは刷毛だ。ウッドデッキのメンテナンス用に使った刷毛を道具箱から引っ張り出すと、毛がくっつきあって一体化していた。

刷毛になりそうなものがないかと見回すと、歯ブラシがあった。

やってみると、歯ブラシはペンキのボトルにドボンと浸けて使える。刷毛だと入らないからこれは便利。しかも、とても塗りやすい。いや、ターナーのペンキが塗りやすいのか。するすると気持ちよくのびる。刷毛よりも小さな歯ブラシは、その分時間がかかるけれど、小回りがきく。

とくに、アンティークメディウムを塗るときに、歯ブラシはいい仕事をした。「はしっこにサビサビした色を入れると、使い込んだアンティーク感が出る」ことを実例写真から学んだのだが、歯ブラシを乾き気味にして使うと、微妙で絶妙なカスレ具合がいい感じに出る。

すのこ板壁の後、素麺の空き箱をペイントした。バタークリームを塗って、アンティークメディウムでサビサビさせて、取手をつけると、なかなかサマになった。

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それにしても、クセになりそうなするする感。黒板塗料のときは、ペンキが引っかかる感覚があったけど、塗れば塗るほど気持ち良くなる。快楽物質が分泌されているのではないか。それともペンキに何か入っているのか。

ピアニストの中村紘子さんがコンサートの演奏中に天にも昇るような陶酔感を味わい、後で「ピアノにニスを塗ったばかりだった」と聞いてオチがついた、というエピソードを思い出す。いや、ターナーのミルクペイントは「森永乳業のミルク原料を使用した天然由来」らしいので、ペンキの成分のせいではなく、するするのリズムが呼び覚ます快感なのだろう。

黒板塗料という特殊なペンキを、すのこに比べたら凹凸のある襖に塗ろうとしたのが無茶だったのかもしれない、と失恋を振り返る。スポンジ地のブラシで面塗りしたのも失敗だったかもしれない。ターナーのミルクペイントとすのこと歯ブラシの組み合わせだと、ペンキ塗りがこんなに楽しくなる。なんだ、相性の問題だったのか。

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すのこ板壁の下のバスケットからのぞいているボードは、トールペイントをやっている友人でクラフト作家のHaryuさん(ミンネで布雑貨の販売も)が描いてくれたもの。ミルクペイントしてアンティークメディウムで汚した板を託すと、アンティークメディウムと同じ色の絵の具を先生に分けてもらい、"Mein Garten ist mein ganzer Stolz.(わたしの庭はわたしの誇り)"とドイツ語を書いてくれた。

好きにさせてくれる懐の深さ

もっと塗りたくなって、「ナチュラルミント」と「チョコレートブラウン」を購入し、元々あったガーデン雑貨を塗り始めた。

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ワイヤーのバスケットは、ミントに塗ると、うんと可愛くなった。地の鉄色を残してムラにすると、アンティークっぽくなった。フレンチカントリーってこんな雰囲気ではなかったか。

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ムラやカスレが味になるのは、わたしのようなテキトー派には願ったりかなったり。手芸やお菓子作りよりキッチリが求められていないし、気の向くままに塗ると、それなりになる。

何よりありがたいのは、塗り直しがきくということ。

「いいよいいよ。好きにしなよ。失敗したって、取り返せるからさ」

背伸びせず、無理せず、気ままにやらせてくれるおおらかさ、懐の深さがラクで楽しい。恋愛なら長く続くパターンだ。

ビタースイートな再会

台風一過の朝。塗装がだいぶ剥げたウッドデッキに太陽が照りつけるのを見て思った。

「塗るなら今だ!」

色あせたブラウンをバタークリーム色に塗り替えることにした。歯ブラシでは間に合わない。襖に黒板塗料を塗ったきり出番のなかったスポンジブラシを引っ張り出した。スポンジとミルクペイントは相性が良く、つっかえることはなかった。ミルクペイントは誰とでもうまくやれる。わたしのペンキ塗りスキルも多少上がったのかもしれない。

昔の恋人の名残と再会したら、苦手だと思っていた性格が丸くなっていて、思いがけず話が弾んで、これは時の流れのせいなのか、わたしがオトナになったからなのか、歳を取るのも悪くないなと思ったりする。そんなビタースイートをペンキ塗りで味わえるとは。

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もちろん地のブラウンを適当に残して。どのみち土で汚れるので、白く塗りすぎず、ムラになっていたほうが良い。

元のブラウンと土の茶色が混ざるのも、いい感じ。

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ウッドデッキと同じく、ブラウンが色褪せていた室外機カバーもバタークリーム色に塗った。

台風の暴風にあおられ、かぶせているだけのふた部分は地面にたたきつけられてバラバラに散った。それを集めて組み立て直したら、平らだった天面は元通りにならず、波打った。

ええ感じにくたびれて、アンティークペイントが似合う格好になったやないか。

傷や歪みをチャーミングポイントだと思えるのは、ペンキ塗りの幸せなところだ。

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バタークリーム色に塗ってあった素麺箱トレイをのっけると、おそろいの箱を特注であつらえたみたいな一体感が。

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素麺箱トレイは、S字フックを引っかけて、いろいろ吊るせて便利。レターラックに椰子シートを敷いたプランターのような大物もぶら下げられる。トレイに置いた植木鉢が重しになってくれる。

ない色は塗ればいい

以前、友人でパティシエのはちみつ・亜紀子さん(港区三田のお菓子教室は24年目)が「洗濯よりお菓子作るほうがラク」と言ったとき、「わたしも洗濯は得意じゃないけど、さすがにそこは逆転しないのでは」と思ったが、今わたしが「洗濯とペンキ塗り、どっちがラク?」と聞かれたら、迷わず「ペンキ塗り」と答える。

空が晴れたら、「洗濯しよう」ではなく「ペンキ塗ろう」と思う。

それくらいペンキ塗りが日常に溶け込んで良かったのは、「好みの色のものがなければ、自分で塗ればいい」「色は後から変えればいい」と思えるようになったこと。

はちみつ・亜紀子さんが「食べたいお菓子があったら作る」ように、わたしは、「欲しい色のガーデン雑貨があったら塗る」。

すのこ板壁の下に板壁を作りたいと思って、実例写真めぐりをしていたとき、ホームセンターで1枚397円の端切れ板を見かけた。「板にペンキを塗って、立てかける」方法を思いついた。たまたまサイズがぴったりだった。

バタークリーム色とナチュラルミント色を片面ずつ塗ったものを5枚。気分に合わせて、クリーム色5枚にしたり、ミント色5枚にしたり、しましまに並べてみたり。両端に置いたチョコレートブラウン色の板を真ん中に持ってくることもできる。

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バラバラの板だから、模様替えもしまうのもラクチン。平らに並べたら花台やテーブルにもなる。やったことないけど。

ブラウンの花台もミント色に。ペンキが足りなくて塗り残した部分は地のブラウンがかなり見えているけど、手仕事ならではのばらつきが面白みと一点もの感を生んで、それはそれで良いのではないかと自画自賛。

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「再生」を運んでくれる

年季が入ってガタつくようになったガーデンテーブルと椅子のセットは、チョコレートブラウンを塗ってからミントグリーンを上塗りした。捨てようかどうしようかと思っていたのが、捨てるなんてとんでもない可愛さに変身した。

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ミントチョコみたいな色の組み合わせが気に入って、ベンチはチョコ色の隅にミント色を差した。

木が反ってキッチンから引退したまな板も、ミントチョコ色をまとうと、シミも裂け目も消えて見違えた。文字を描いてサインボードにしてもいいかもしれない。GARDENとかWELCOMEとか。

根腐れして引っこ抜いたサツキの根っこも、ミルクペイントで白樺調にお色直しすると、存在感のあるオブジェに様変わり。

ペンキ塗りは、再生を運んでくれる。

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捨てようかと思っていたテーブルと椅子が、今ではお気に入りの場所になった。ここでコーヒーを飲んだり、本を読んだり、ぼけっと庭を眺めたりする。

古びたものも、ただの板切れも、色とともに新しい役目を与えられる。「もの」も眺めもリフレッシュされる。もちろん、気分も。黙々と手を動かしていると、気持ちが落ち着いてくる。ふと「無」になるような感覚も味わう。写経に似た効果があるのかもしれない。

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人生を編みものに喩えて、「私の人生、どこまで毛糸をほどいて編み直せばいいのだろう」と綴った作品を何十年も前、何かのコンクールの受賞作発表で知り、今も時々思い出す。人生をほどいて編み直すという感覚が詩的であり、絵にもなる。わたしの中では一枚の絵画になって記憶されている。

でも、編みものができないわたしには、ペンキで塗り直すのが似合っている。ペンキ塗りには毛糸をほどくような巻き戻しはない。上塗り、上書き、重ねるのみ。振り返らず、引き返さず、続きを塗る。そんなところも性に合っている。

2022.8.24追記

たぶんこのnoteを書いたとき以来にペンキ塗りをした。

ベンチの輪ジミ(植木鉢の鉢皿からこぼれた水によるもの)がひどいなと思い、20分後には塗り終えていた。食事を作るより手軽。

相変わらず道具は歯ブラシ一本。久しぶりにやってみて思ったのは、「無心になれて楽しい」。気分はスッキリして、見た目スッキリな副産物が生まれる。

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