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脚本はもう一人のわたし(出張いまいまさこカフェ10杯目)

2006年9月から5年にわたって池袋シネマ振興会の季刊フリーペーパー「buku」に連載していたエッセイ「出張いまいまさこカフェ」の10杯目。特集インタビューは成宮寛貴さん(『ララピポ』)、光石富士朗監督(『大阪ハムレット』)。

今回は当時のプロフィールも掲載。

「脚本はもう一人のわたし」今井雅子

著作者人格権という言葉をご存知だろうか。恥ずかしながら、わたしが知ったのは、自分が交わす脚本契約書に書かれているのを見つけてのこと。「乙(=わたし)は本映画の脚本家として著作者人格権を行使しない」とあった。

プロデューサーに問い合わせてみると、「脚本と撮影したものが違うと主張されては困るので」という返事。著作者人格権には同一性保持権と公表権というものが含まれ、それをふりかざして、「わたしの書いたものを勝手に変えて、けしからん! 公開中止!」と訴えることができてしまうという。ある歌手が歌詞の前に無断で口上をつけたことが作詞家を立腹させ、その歌をしばらく歌えなくなった事件は記憶に新しい。

書いた脚本が世に出ることが何よりの報酬だとわたしは考えるので、せっかく形になったものを自ら葬るような真似はまずしないと思う。けれど、「よっぽどのこと」があった場合に備えて、「本映画の利用を不当に妨げるような」著作者人格権の行使は行わないという立場を取ることにした。加えて、「本脚本に何らかの改変を加える場合には、原則として乙に事前連絡」することも契約書に盛り込んでもらった。

実際、脚本に書いたそっくりそのまま撮られることは、まずない。芝居によって台詞の分量を足したり減らしたりする必要は出て来るし、天候やロケ場所が変われば台詞もト書きも変わる。「シーン20の会話、ふやして」などと撮影中の監督から相談されることもあるけれど、一分一秒に追われている現場では、その場で何とかすることのほうが多い。当然、事前連絡も難しい。「勝手に変えるな」と目くじらを立てるなら、脚本家は現場に張りつくしかない。

書いたものが、どうなったのか。映画の完成版を関係者で観る初号試写は、答え合わせになる。自分が書いた台詞か、誰かが手を加えた台詞か。瞬時にわかるのは、頭の中に脚本が入っているからというより、しっくり来るか来ないかという肌感覚なのかもしれない。そういう意味では、脚本は自分の分身のようなもので、「人格」が宿っている気がする。

勝手なもので、自分の書いたものより面白くなっている場合は、最初からそういうホンになってましたという顔をしてしまうのだけど、違和感を覚える直しに出くわしたときは厄介だ。そういう部分に限って、「あそこはねえ」と指摘されたりして、答えに詰まる。自分の趣味じゃない帽子をかぶせられて、「似合わない」と言われているような居心地の悪さと、「違うんです、この帽子は」と言い訳ができないもどかしさを味わうことになる。

さて、3年前に出張いまいまさこカフェ連載を始めたときに公開された『天使の卵』以来の映画となる『ぼくとママの黄色い自転車』が先日完成し、初号試写を観てきた。『子ぎつねヘレン』でもご一緒した河野圭太監督は、かなり脚本に忠実に撮ってくださる。それでもいくつか現場で変わった部分はあったけれど、帽子はよくなじんでいた。

写真脚注)
出張いまいまさこカフェは、今回で記念すべき10杯目。「読んでますよ」の声がうれしくて、続けてこられました。

プロフィール)
今井雅子(いまいまさこ) 
大阪府堺市出身。コピーライター勤務の傍らNHK札幌放送局の脚本コンクールで『雪だるまの詩』が入選し、脚本家デビュー。同作品で第26回放送文化基金賞ラジオ番組部門本賞を受賞。映画作品に『パコダテ人』『風の絨毯』『ジェニファ 涙石の恋』『子ぎつねヘレン』『天使の卵』。最新作『ぼくとママの黄色い自転車』は来年公開予定。テレビ作品に『彼女たちの獣医学入門』(NHK)、『真夜中のアンデルセン』(NHK)、自らの原作『ブレーン・ストーミング・ティーン』をドラマ化した『ブレスト~女子高生、10億円の賭け!』(テレビ朝日)、『快感職人』(テレビ朝日)、『アテンションプリーズ スペシャル〜オーストラリア・シドニー編〜』(フジテレビ)。次期NHK朝ドラ『つばさ』に脚本協力で参加。

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2022.10.17  宮村麻未さん


目に留めていただき、ありがとうございます。わたしが物書きでいられるのは、面白がってくださる方々のおかげです。