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[質問箱]真実を見極める目はどうすれば養えますか。

そもそも真実はつかめるものなのか。私にはわかりません。教室でのイジメを考えてみましょう。あなたは教師です。ある子がモジモジしている。日常のその子を取りまく環境は、はたから見ればジャレ合っているように感じるけれど、ファクト(事実)はそこまで。その影響か、その子はモジモジしているのです。でも、子どもたちに聞いて回っても「イジメなんて、してないです」とみなが言う。確かに、イジメているようには一見、みえない。本人に聞いても「イジメられてません」と言う。このファクトベースだと、イジメは「無い」と判断できますが、ほんとうにイジメはないのでしょうか。

この「ほんとう」が、真実と呼べるものなのでしょう。それ以外の、教師から見た子供たちのジャレ合い、言動、証言は、ファクト、事実です。事実をベースに、真実は導けるでしょうか。おそらくほとんどのケースでは、真実は、あなたの想像によって、推測によって補われ、判断がなされています。何年何月何日にどこどこで遺体が発見された――これはファクトです。ですが、そのあとには「警察は自殺と事件の両面で捜査を進めている」と続く。真実は、わからない。事実と真実は、容易には重ならないのです。

真実が仮にあるとしたら、それはおそらく、いろいろな知見といろいろな経験を積むことで、見抜けるようになるのでしょう。日常的に、「ほんとう」は何だろう? 本質は何だろう? 問題の急所は、勘所はどこだろう? と精査する「癖」をつけないと、真実どころか、認識的な判断ですらおぼつかなくなります。たぶん、間違えまくります。

わたしが個人的にしているのは、ひとつの見方に執着しない、という態度をとろうと努めることです。それが、事実に振り回されない自身をつくると信じています。

上記のように、事実を正確につかんだからといって、真実に到達できるとは限りません。「群盲象をなでる」という比喩があります。目の見えない数人の人たちが、象を知るために、象をさわる、という話です。象は大きいですから、ひとりひとりがさわれる箇所は限られる。ですから、ある人は象の脚をさわって「象とは丸太のような生き物である」と言い、ある人は鼻をさわって「象とは長い蛇のような生き物だ」と言い、ある人は耳をさわって「固いじゅうたんみたいだ」と言う。だれもが事実を伝えているのですけれど、どれも象の真実ではない。そんな人たちが集まって象の議論をして、「ほんとうの象とは」というテーマに決着をつけようとしても、それってできますでしょうか。難しいですよね。私たちが日常、ものごとを評価したり、真実を見極めようとする営みは、これに似ています。

人間の知覚能力には限りがあります。わたしは、いつもいつも、真実には遠く及ばないという感じを抱いています。そんなとき、どう振る舞えばいいか。これはブッダの教えの受け売りですけれど、ブッダはこう言うんですね。「ひとつの見方に執着するな」と。ブッダは、「これこれの事実が正しい!」「これが真実だ!」「真理だ!」とはいたずらに断言せず(無記)、ものごとをありのままに見る(如実知見)ために、おのれの見方を絶対化しない、ある意味で、魚の骨が喉にささったような違和をつねに抱いた思考状態を維持せよ、というのです。

原始仏典のポイントを表現する日本語ですばらしいなと思っている語に「諸行無常」があります。この世のものごと、現象はすべて無常だという意味です。常にものごとは変化していて、固定的な実体はない、と。これは、事実です。いまあなたが目にしているパソコンやスマホ・タブレットも、いつか壊れます。あなたがいるその建物も、いつか朽ちます。あなたも、やがて死にます。人類だって、かならず滅びます。哲学者モーリス・ブランショが「人類は滅亡するが、人類は滅亡しない」という頓智みたいなことを言いました。人類の誕生からこれまでの時間なんて、地球の歴史からすれば一瞬だと。人類何十億人といっても、宇宙空間にくらべれば芥子粒のようなものだと。人類の営為はおそらく、長大なものごとにくらべれば、獰猛で共食いもするイナゴの大量発生のように一時的で、やがて事態がやめば、何ごともなかったかのようになるだろうとブランショはいう。

でも、だからといって「ああ、世の中は、はかない」と詠嘆するのがブッダの筋ではありません。むしろただただ端的に、「常にものごとは変化していて、固定的な実体はない」という冷厳な事実・ファクトを提示したのが、ブッダです。詠嘆なんて差しはさまる余地もないほどに、ただただ事実。それが諸行無常だという(日本的な言い方をすれば)。

このファクトに、ふれるともふれないともせず、「ひとつの見方に執着しない」というスタイルをわたしは取っていこうと努めています。

ブッダの思想にはいろいろな深い議論がこの先にあるのですけれど(龍樹あたりとかオモロイ)、きょうはこれくらいで擱筆します。答えになっているでしょうか。心もとないな……。

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知の越境家を志す企業人ライターです。労働や生活を思想的に深堀りするのが得意。14,000冊超の読書歴もあり分野選ばず書けます。うつやパニック・精神隔離病棟から帰還したりしたので疲れないようにゆるりとやりたいです。本業はマーケター&広報。市場の思想を耕したい。とはいえ日々しんどい