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if③ 身軽な記憶


景色が徐々に白い綿毛に包まれていく。

橋と対岸の接合部はやんわりと黒ずんでしか見えない。


洟を垂らしたかの様な素振りをして座り込むカフカ。

雨に張り付いたシャツの中央には、ブラジャーのホックが四角く浮き上がっていて、いつかどこかで見たアンドロイドのスイッチのようだ。


水溜りを何度も切り裂き往く車の複合的な音。

ただ重力に逆らわず落下する、低く重そうな雨の音。

自転車に跨る学生が着る、薄い雨合羽が擦れる音。

先程まで足跡を付けていたはずが、いつの間にか水に覆い尽くされて乾いている部分なんてなくなってしまった地面。


そんな考え事のさなか、徐々に近くなっていく視点の終着点に彼女が居た。



半年前、長い沈黙を遮ったのは彼女だった。

朦朧とした意識の中、スチールのドアを拳で叩く音が部屋に響いた。

股間は濡れており、床には染みた尿と転げた椅子。上手く声は出せないので咳き込みながら、ふらつく足取りで玄関の鍵を開けた。

冷たくなった身体と濡れた下半身に冷たい外気が押し寄せ身震いしたのと、トンビのように彼女が勢いよく入ってきたので、尻餅をついてしまった。

赤く血走りうつろになった目とみっともない姿を見て、一瞬驚いたがすぐに息をつき、手を差し出してくれた彼女は、足早にブーツを脱いでソファーに腰掛けた。

「なんか、のむ?」

まだ掠れた弱々しい声で聞く僕に、短く首を横に振り、彼女は答えた。


「失敗したんだ。」

#遺言は朝霧の中に


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