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リリとロロ 「サブリナロマンス」

新生活のロロ


連なる山々を越え、ノイジーな車輪の音は風景に溶けていった。

一つ咳を漏らせば全員が吐き出しそうな空気は、ドアの開く小気味良い音と共に放たれた。


私はいま、都会に来ている。

そう再認識するように心音に身を委ねる。


片田舎から数時間、都会特有の秘匿性に静かな憧れを抱き、私は社会人へとなろうとしている。

暖房から急激な冷気に晒されてかじかんだ手を銀蝿のように擦り合わせて、私は彼の隣を歩く。


彼の隣に自由はない。

そう知っていてもそうせずにはいられない。


社会も生活も音楽も運動も知識も知恵も、私を自由にするものがここにあるかはわからない。

全員が新卒として同じスタートラインに立たされている。



私には何もできないし、私には何だってできる。

そう言い聞かせ、自分を鼓舞する。


軽率な感情の揺れに身を任せて後悔するかもしれない。

この先、もっと素敵な人に出逢えるかもしれない。

これまでの価値観を大きく覆す出来事が目の前で起こるかもしれない。

私が辿ってきた轍を土足で蹴散らす輩が現れるかもしれない。


それは私にとって広く深い自由だった。

故郷とは真反対の海を見て思う。


私の自由は私が私であるために私自身でここに見いだす。

正木諧 「サブリナロマンス」

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