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恋愛備忘録|願えば叶う

事実は小説よりも奇なり。
信じてもらえないようなことがいくつも重なり、
時間を共有するようになった彼とわたしの備忘録。
信じてもらえなくても、すべてノンフィクション。
ちなみに彼とわたしは付き合っていない。

 不思議な話をする。
 彼と一ヶ月連絡が取れなかったときのこと。

 とても不思議な感覚なのだけれど、「彼は今体調を崩しているな」「葛藤しているな」という直観があり、わたしはあえて連絡をせずに過ごした。
 その直感の要因は、そのとき何度も繰り返し見た夢である。毎夜眠ると、彼が苦しげに顔を歪めている様子や、布団の中で蹲っている様子を夢に見る。やけにリアルで、朝起きてもはっきりと覚えている夢だった。

 さらに不思議な感覚は続き、例えば一日の終わりに湯船で一息吐いたときや、夜に布団に入って目を瞑ったとき。突然胸が疼いて、泣きたくなった。
 どんなにわたしが幸せな気分でいても、ふいにそうなり、数分で治まる。それはまるで、わたしではない「誰か」の感情が、流れ込んできたような感覚だった。

 わたしではない「誰か」――つまり彼だ。

 妄想や空想と言われてしまえばそれまでなのだけれど、わたしの意志とは関係なく、ほんの少しの間だけ起こる動悸や、突然流れ出す涙は、とても自分のものとは思えなかった。

 それが数日続いた頃から、動悸が始まったり哀しみがやってきたりすると、行っていたことがある。

 布団の中で横になり、目を閉じながら心の中で「大丈夫だよ」「よくがんばったね」「わたしがいるよ」「幸せになろう」と彼に呼びかけ、「手を繋ごう」と冷えたシーツの上で、右手を滑らせる。
 するとなぜか右手は固定されたように動かなくなり、みるみるうちに手のひらが熱くなる。ずっしりと重みを感じることもあり、思わず「え?」と目を開けることもあった。
 まるで本当に彼と手を繋いでいるような感覚だった。

 そうしていると、胸の疼きも溢れ出す涙もあっという間に治まるから、わたしは安心して「おやすみー」を言って、眠りにつくのだ。

 こんな不思議な話は友人たちにも、勿論彼にも話せないし、信じてもらえないだろうけど、一ヶ月ほど経ち彼と再会したあとで、彼が風邪による高熱と、わたしとの関係に葛藤して悩んでいた、という答え合わせをし、あの感情はやはり彼のものだったのかもしれないと思った。

 そしていつか、現実の彼と手を繋ごうと決めた。

 それからさらに一ヶ月。久しぶりのハグ会でのこと。

 洗面所から戻ったわたしは、ベッドの布団を捲りながら、ソファーの彼に「寝るよー」と声をかける。
 一足先に冷えたシーツで仰向けになったわたしの隣に彼が並び、身体を寄せる。

 わたしの右手と彼の左手が触れて、どちらからともなくそれを繋ぐと、彼は「優さんやっぱり手が冷たい」と笑った。

「あっためて」
「俺の手あったかいもん。すぐ温まるよ」
「うん、あったかくて気持ちいい。いつでも寝れる。おやすみー」
「うん、おやすみ、優さん」

 と。ここで気付いた。
 一ヶ月前の不思議な体験と同じだ。あのときと違うのは、冷えたシーツの先に、ちゃんと彼がいるということ。
 それと同時に、現実の彼と手を繋ぐと決めたことも叶った。

 わたしたちは今のところ付き合っていないけれど、ベッドで寄り添って手を繋ぎ、「おやすみ」を言い合う光景は、まるで恋人のようで。とても幸せで。心までもがふわっと温かくなった。

 わたしは安心して眠りにつこうと思ったけれど、そうはいかないのがハグ会である。

 手を繋ぎながら、彼の親指がわたしの手をすりすり擦るから、わたしはくすぐったくてけたけた笑ってしまったし、彼も楽しそうな笑顔で身体をこちらに向けて、空いた右手でわたしの身体を引き寄せた。
 彼の胸に顔を埋めると、もはや嗅ぎ慣れた、とても心地良い彼の香りが鼻腔をくすぐる。
 彼もわたしの頭頂部に頬を擦り付けて「いいにおい」と呟いた。

 お互いの体温を感じるだけではなく、お互いの香りで安らぐことができるのが、ハグ会の醍醐味なのかもしれないな、と思った。願って叶った、手は繋いだままで。


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