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「定住率6割」の地域おこし協力隊

2009年から始まった国の地域おこし協力隊制度は今年で12年目に入る。隊員の任期が最大3年間のため、3年×4サイクル目を終えることになる。総務省では3年毎に統計資料を出しており、今回はそれを参照しながら地域おこし協力隊の定住率について見てみよう。

1.「定住率6割」の表現

総務省の作成する「地域おこし協力隊の概要(PDFファイル)」や今月刷新された「地域おこし協力隊受入れに関する手引き第4版(PDFファイル)」でも繰り返し強調されているのは、3年間の任期を終えた隊員の「約6割が定住」という文言だ。一般的に、協力隊が定住する、という表現からすれば任期中に活動した地域と同一地域に居住することと捉えがちだ。

しかし現実にはそうではなく、「約6割」のうち実際に同一地域に留まる割合は約5割である。総務省が3年に一度作成している定住状況等に係る調査結果を見ると、2011年度を除いて地域に留まった隊員の割合は50%前後で、ほぼ横ばいとなっている。

定住率

地域おこし協力隊の定住状況等に係る調査結果から作成

2011年度から2019年度までの定住率を見ると、同一地域に定住した割合の平均は52.8%となる。よく繰り返される「定住率約6割」の意味には、任期後に近隣の市町村に転出した隊員も含まれている

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出典:令和元年度 地域おこし協力隊の定住状況等に係る調査結果, p5.

2.近隣市町村を定住に含める理由

地域おこし協力隊になるためには、三大都市圏または地方都市からの転出者を応募要件とする。そのため、この条件を満たす人材を募ることにより都市部への人口流入が続く日本で、都市から地方へという逆の流れを生み出す人口移動政策としての意味合いが地域おこし協力隊制度にある。つまり、都市部から田舎に人を移動をさせることが出来れば、国としては卒業した隊員OBOGが近隣の市町村に引っ越したとしても、広い視野で見れば人口の移動は達成したことになる。

この国レベルの人口動態として地方への人の流れを考えれば「定住率6割」という表現は理解できなくはない。しかし問題は、この「6割」という数値ばかりがクローズアップされて、同一市町村に留まる人の割合が実際は半々である、という事実が見過ごされている点だ。「定住6割」に隣町への引っ越しも含まれる事実は隊員の側からも地方自治体の立場からも思い掛けないことだろう。

3.自治体から見た「定住」

地域おこし協力隊の制度を導入する各地方自治体にとって、隊員の定住は最も大きな成果の一つであり、6割か5割かというのは繊細な違いといえる。自治体にとって、近隣市町村に隊員が卒業後に転出してしまうことは自分たちの成果として捉えることが出来ないからだ。

地域おこし協力隊になる人材の約7割は20〜30代の若者で、いま少子高齢化が進む地方では最も欲しい年代といえる。これから定住し、子育てをして、納税もし、ゆくゆくは地域の担い手になって欲しい、という3年以上の長いスパンでの思いが若者世代の採用の背景にはある。そのため、若者が応募することが多い仕事、というより自治体が採用する世代が若年層に集中していると理解すべきだろう。行政が立脚しているのは何十年も暮らし続けてくれる人材を募りたいという長期的ビジョンなのだ。

一方で、地域おこし協力隊を採用するにあたっては、国からの交付税で予算の100%が賄われるといっても、地方議会での承認を経て予算を執行するため、3年間税金を投入した成果を行政は問われることになる。協力隊に若者が多いなか、起業や町おこしの経験が少ない人材を採用することは、将来への貯金にはつながるが、数年先の中期的な成果をなかなか出しづらいというジレンマも含んでいる。そのため、地方自治体の立場からすると、定住者を得て人口増加に貢献した、という点が最も分かりやすい成果として強調しやすいのだ。

隊員の立場から見ると、一人や二人の人口増加は数値的に微々たるもので、そのこと自体が地方に貢献するとは理解しづらい。私が現役の隊員のときも、議会報告の場などで担当課の説明にかならず「人口増を達成」という言葉が含まれていて不思議に思っていた。しかし今になって分かることは、若者が急に町おこし活動をするといっても、定量的にかなりはっきりした成果を提出することは難しく、定住することは反論の余地のない最大の成果だ、と標榜することが行政なりの親心だったのだと思う。

4.定住以外の成果〜関係人口の考え方〜

総務省の統計では、転出後でも地域に貢献する人材を関係人口として集計している。地域おこし協力隊のアフターキャリアは特に地域に縛られることなく、任期の3年が終われば、自分の人生は自分で切り開いていかなければならない。他地域に転出するというのも人生の一つの選択肢だ。そんななか、地域に残らなくても、外から任地に関わり続ける人たちも一定の割合存在している。

関係人口

分かりやすい結果として「定住」がもてはやされるなか、外からなお自分がいた地域に関わり続ける人たちは「関係人口」として分類される。こうした人材は、自分たちが行った3年間の地域おこしの第二章を歩んでいるといえる。

現在の協力隊の支援金の代表的なものには、任期3年目〜卒業後1年以内の申請で交付される100万円の起業支援補助金がある。多くの自治体でこれは「任地に事業所を置いた起業」に対する助成であり、4年目以降も住民票を置くことは要件として含まれていない場合が多い。しかし総務省の雛形が厳密に整備されていないこともあり、一部の自治体では住民票を置くことが要件とされている。これでは任期後も地域外から携わる「関係人口」の起業チャンスをみすみす見逃しているといえる。関係人口の起業に対する制度整備を早急に行う必要があるだろう。

5.言葉のマジックと現場の実際

自治体が地域おこし協力隊を導入するにあたって「定住率6割」というのは魔法の言葉である。伸るか反るかの5割が現実であることは見過ごされ、6割という言葉を議会で承認を得るにあたって強調する自治体もあるだろう。地方創生の柱の一つとして地域おこし協力隊を地方に送り出す国の立場からすれば、6割という捉え方もあながち間違いではないのかも知れない。しかし、現場の目線では近隣の市町村への転出も含めて「定住」と呼ぶことには無理がある。それは隊員の立場からしても、単独の自治体の成果としても、である。

定住人口に近隣の市町村への転出もカウントするのなら、自治体によって異なる「住民票」のある無しによる創業支援の可不可についても国としてきちんとした指針を出すべきだろう。条例の整備は各自治体に委ねる、という態度であるなら、少なくとも総務省は「定住率5割」を看板にするべきである。残りの1割と数パーセントの関係人口が、今後も地方にとって有益な起業家になる機会に対し明確な態度を示すのが必要なことだろう。

現場での融通を効かせるためにローカルルールを認めることは一方で、国が本来意図する広域的な地方の活性化を阻害しているともいえる。単独の自治体の境界を越え、関係人口も巻き込んだ制度設計を国には主体的におこなって欲しい。

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