小児科医としての実力

実は、小児科医にしかできない事というのは決して多くはない。

例えば、循環器の専門の先生は心臓カテーテル検査をできる(もちろん、全員ではないだろうけど)。消化器の専門の先生であれば、内視鏡検査は得意中の得意だろう。外科の先生の行う手術は、他科であれば間違いなく行うことはできない伝統芸能だ。

そんな風に考えたときに小児科医にしかできないことというのは、例えば、点滴くらい?点滴も、上手でトレーニングされた看護師さんならできるかもしれない。

市中病院を中心に研修を積めば、数年である程度のcommon disease(一般的によく目にする疾患)に関しては一通り経験できる。今にして考えてみれば顔から火が出そうだが、僕自身も一通り疾患がみれるようになった時に、これで自分も一人前と思った事がある。外科医の手術のように分かりやすい指標がないため、自分の実力を正確に測るのはなかなか難しい。

ある病院に転勤になった。いわゆる地方の病院で、風邪から入院が必要な患者さんまで見るという病院だった。その病院の外来は、診察医の指名ができて、症状を書く欄に希望する医師の名前を書けばその先生の診察を受けることができる。私も含め三人の小児科医が働いていたので、単純計算すれば1/3ずつである。

話しは前後するが、小児の受診する原因のほとんどは、いわゆるウイルス性の疾患である。教科書には治療法はこう書いてある。

「対症療法」

つまり、特効薬はなく、症状を和らげるような治療が中心である。なので、薬がなくても治る人は治る。

誰が診察して治療をしても、結果に差はないはずである。

ただ、この指名制の影響で明らかに患者さんの数に偏りがあるのである。私は明らかに少なく、部長のF先生が明らかに多いのである。

昔からのかかりつけの人や複雑な疾患の人であれば、安心を求めてベテランの診察を希望する人が多いのは納得がいく。ただ、風邪の人も、すぐに治りそうな下痢の人も、鼻炎の人も、F先生の診察を希望するのだ。

自分とは何がそんなに違うのか、お願いして自分の外来がすいている時間に、F先生の外来を見させてもらった。

違いは歴然だった。

説明がとにかく分かりやすいのだ。例えば、「喉が赤いですね」と説明するときも、写真から一番近いものを見せて説明し、その病気の自然経過や原因などをパソコンなどで見せながら説明していく。もちろん、患者さん自身の方を見て、不安そうなときには言葉をかけながら。その説明もポイントを押さえているから診察が不要に長くなることはない。だから、多少待つことになってもF先生の診察を希望する患者が続出していたのだ。

実力の違いを思い知らされて頭を殴られたような気分だった。

小児科医の実力は、家族に安心感を与えられること、見逃してはいけない疾患を見逃さないことだと思う。

私がその病院で働いたのは9か月ほどだったが、F先生と一緒に働けたことは大きな私の財産だ。

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