見出し画像

特許のはなし ~クレーム解釈(その1)~

 今回は、特許の「クレーム解釈」について、気軽な内容を書いてみたいと思います。

 クレーム解釈についてちゃんと勉強されたい方は、個人的には、下記の本(の該当箇所)がお薦めです。ただし、①は内容は素晴らしいのですが、少し古くなってしまっており、残念ながらどうも改訂はされていないようです。ですので、これから勉強されるのであれば②がよいかもしれません。

① 知的財産法実務シリーズ 新版 特許法・実用新案法(弁護士飯塚卓也先生、中央経済社、2008年)

② 初心者のための特許クレームの解釈(潮見坂綜合法律事務所・桜坂法律事務所、日本加除出版株式会社、2020年)

 この記事で書こうと思っているは、もっと根本的な雑談です。

 そもそも、発明を国として保護すべきかどうか(特定の者に排他的独占権を与えること)の根本的な問題は、主に経済との関係で議論されているところです。
 もっとも、現状、ほとんどの国で、発明を特許法等の法律で保護していますので、今更廃止することもできません(保護範囲をどうするかというのは、なお制度設計の範囲です。最近はAIやら何やら話題ですね。)。ここでは、所与のものとして、発明は保護すべきであると一応考えることにします。

 ただ、発明を保護しようとする際にも、その発明の保護の制度としては、様々考えられそうです。

 発明をした者は、その発明品(機械など)そのものを王様のところへ持っていき、王様に「この機械は、私が発明しました。是非とも私にこの発明に独占的な権利を頂きたい。」と申し上げ、特許を頂くという制度でも良さそうですね。

 もっとも、現在の日本の特許制度では(他の国々もおよそ同じですが)、発明をしたものは、特許庁に特許出願をし、その際に、特許権が欲しいと思う発明を、【特許請求の範囲】(【請求項】、クレームとも言います。)に「言葉」で記載することとなっています。発明品そのものを特許庁に持ち込んで「特許をくれ!」と言っても、できません(笑)。
 なお、数値限定発明等のように、数値や数値範囲や数式等でも表現できることは皆様ご存じのとおりです。今後、数値限定発明の苦悩についてもブログで書いてみたいと思います。

 発明を保護する制度をそのようにしたことにより、機械等の技術(的思想)を、言葉で表現しなければならないということになりました。

 これは、発明品そのものを提出することで発明を保護する制度よりも優れていると思われる(?)点があります。

 例えば、偽物(被疑侵害品)が登場したときに、それが侵害品かどうかを判断するのに、発明品そのものと対比すると、発明品と偽物(被疑侵害品)の大きさや、色や、細部の構造などが異なっていたときに、被疑侵害品と判断しずらい面がありそうです。いろんなところが結構違っていたら、似てる(真似した、侵害だ!)と言いにくくなるからです。

 これに対し、クレーム(請求項、特許請求の範囲)で、欲しい発明の権利範囲を言葉等で特定することにより、発明のポイントではないところ、たとえば、その大きさや、色や、細部の構造を削ぎ落す(捨象する)ことが可能となります。「物」から「(上位)概念」への転回です(笑)。

 一方で、技術を言葉で表現することとなっため、言葉のもつ曖昧さという悪魔を必然的に背負うことになり、クレームに含まれるか否か(侵害性といったり、充足性と言ったりします。)が特許権紛争等において常に争点となることになりました。ちょっとお洒落な言い方で、冒頭のタイトルのように、クレーム解釈と言ったり、文言解釈と言ったりします。

 また、技術を言葉で表現するというのは以外に難しいものです。私がよくセミナーで例として挙げるのは、皆さんご存じのスクウェア・エニックスのドラゴンクエストのスライムの立体形状を、クレームでどのように表現するか、です。たとえば、流体弁の先端の形状とかを考えてみたりします。


 ①「スライム形状」では記載要件との関係でダメでしょうし(スライムの通常の用語の意味はネバネバしたもの)、②既存の物の形状(栗など)でも難しいし、③楕円体等の一般用語を使うことも考えられますし、④数式とパラメータで表現することも考えれそうですし、と言った感じで、クレーム作成について説明したりします。意外に難しいですよね。

 私は、審査官のとき、エンジンのピストンの上部(キャビティと呼ばれる燃焼室を構成する部分)が、燃焼効率等を図るべく、様々な複雑な形状をしていたのをたくさん目の当たりにし、複雑な形状を言葉で表現するのは中々難しいですし、面白いなぁと思ったりしました。

 セミナーでは、ここから、「いや、形状を忠実に表現しようと試みるのはよいが、一方では権利範囲が狭くなってしまう。そうではなくて、その形状がもたらす技術的意義(意味のある点)を捉え、それを言葉でうまく表現するんだ!」と発明の本質の話へと持っていき、弁理士がいかに高尚な仕事をしているのか(笑)を宣伝してみたりします。

 いずれにしましても、このように、発明を言葉等で表現するという制度となったことで、弁理士・弁護士である私は、それを生業としてちゃんとビールが飲める、じゃなくてご飯が食べられるわけです。私にとっては、「言葉の曖昧さという悪魔」ではなく、むしろ天使ですね。

 大したことを書いていないのに、だいぶ長くなってしまったので、次回以降で、言葉のもつ曖昧さが、どのようにクレーム解釈に結び付くのかを、ちょっとした例で説明する試みをしたいと思います
 その後は、思い付きで、気が済むまで(飽きるまで)クレーム解釈の話題の記事を書こうかと思ています。

 

 

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?