見出し画像

お嬢さんの件ですが

ミセス・ブランディ、実は残念なことにお嬢さんは、ぼくをもう愛していないって言うんです。
ぼくからのプレゼントも、指輪も、すべて箱に入れて、ぼくに送り付けると言っているんです。それだけは、なんとか止めていただくようにお願いしたいんです。
ぼくが残したものが彼女を苦しめるなら、捨ててもらって構わない。ただ、送り主に返すことで、晴れ晴れとした気分になんてなってほしくはないんです。そんな女の子になってほしくない。

身勝手で残酷なことを言っているのは承知の上です。
ミセス・ブランディ、あなたなら、ぼくの気持ち、わかってもらえないでしょうか。
あなたは、彼女をさぞ、大事に育てて来られたことでしょう。
幼いお姫様の彼女に着せたブルーのドレスや、ブロンドの巻き毛を結(ゆわ)いた絹のリボン、小さな爪に塗った偽物のマニキュア。すべて大事にとってありますよね。
彼女が決して大事に扱わなかった教科書に残る付箋や落書き、初めて買った鏡台に貼り付けられた大好きなバンドのステッカー。男の子の気配にあなたは神経を研ぎ澄ましていましたね。脱ぎ捨てられたネグリジェを手にしたまま、玄関のドアが乱暴に閉まる音を聞いた夜更け。彼女の温(ぬく)みが残るベッドに腰掛けて、泣いた覚えがあるんじゃないですか。

そのすべてを愛おしいと感じてらっしゃると、ぼくにはわかります。
彼女が初めて発した言葉、彼女があなたを呼ぶ特別な発音、たどたどしい筆致のあなたの似顔絵、すべて、あなたの宝物ですよね。
あなたが与えたドレスもリボンもマニキュアも、箱に詰め込まれて返すと言われたら、どうですか。思春期の思い出も青春の足跡も、あなたひとりの目の前に置き去りにされたら、どうですか。

プレゼントを返すって、僕にとってはそういうことなんですよ。
分かってもらえますか。
ぼくを愛していないからって、ぼくへの愛が嘘だったとは、思えないんです。
初めて行った映画のチケットの半券を、彼女は定期入れに入れて持ち歩いてくれていたのを、ぼくは知っているし、ベンダントの中のぼくの写真、お揃いのTシャツ。あなたも覚えていませんか、初めてピアスを開けて、1週間の外出禁止になったのだって、ぼくのせいだ。
ぼくがピアスなんか気軽にプレゼントしたから。本当に申し訳なく思っているけど、ママに叱られるって、彼女、1度はちゃんと断ったんです。それは信じてください。彼女はそういう女の子なんです。

他にも、ぼくが北部の学校に行っている間に書いた彼女への手紙、丁寧にドライフラワーにした、花束の数々。彼女の部屋が花の香りに溢れていますようにって、花屋のニックに頼んだんです。毎週彼女に小さな花束を届けてくれって。奴なら、約束は守るし、ひとの彼女を誘惑するなんてこともない。なんたって、ニックはゲイですしね。ぼくが1度だけ口付けしてやったら、万事うまくいきましたよ。

これは、浮気じゃありませんよ?ミセス・ブランディ、あなたが、クラーク牧師のいやらしい目線をタダで我慢してやってるのと一緒のことです。
ねえ、だから、彼女がまとまった荷物をどこかへ送ろうとしているのを見つけたら、そっと預かって、屋根裏部屋にでも隠しておいてほしいんです。彼女の目の届かないところ、でも、彼女の生活のすぐそばに、気づかれないように、そっと置かれていたい。あの思い出たちは、そう願ってますよ。

彼女が、ベッドの上に寝そべりながらめくる雑誌のページに映るモデルが抱く花束は、屋根裏部屋のそれに似ているかもしれないし、彼女が鏡台から剥がしたぼくの写真に変わって、その定位置を占める男の髪色は、ぼくと同じ栗色かもしれない。あなたが美容院に行ってる隙に、部屋に招き入れられるその男は、ぼくが彼女に教えた新進気鋭のアーティストの曲をBGMに、キスを交わすんですよ。初めてのデートの記念に贈ったぬいぐるみが、屋根裏部屋でひとりでに動き出すかもしれない、なんて想像もしないんだろうな。

ねえ、ミセス・ブランディ、この世に終わる愛があるなんて、女の子しか知らないんじゃないかな。その年頃の女の子にしか見えない終わりのある愛。美しいままのそれを、形にして凍らせてしまいたいんです。
いつか、彼女が一生分すべての愛を使い果たしたと失望したとき、湧き出る泉となって彼女を満たす思い出が必要だと思いませんか。その時が来たら、凍てついた記憶を解いて、もう一度満たしてあげたいんです。ずっと、途切れず愛はあったんだって、目にしなかっただけで、すぐそこに寄り添ってたんだって、彼女が気づいたなら、ぼくはもう一度現れますよ。ミセス・ブランディ、あなたが、本当にぼくのお義母さんになるんです。
お嬢さんを幸せにします。
これは、プロポーズの予告と思っていて頂いて構いません。確信と、懇願。それがいま、あなたに告げられるすべてです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?