自殺

本で読んだので真偽は判らないが江戸時代自殺や身投げ心中は罪になり身内も罰せられたとか、即身成仏も近代禁止になり罪になり関わる人も幇助罪に、決闘や仇討ちも罪に、今も幇助罪は殺人とされる、昭和は戦争時代で途中からGHQが統治したらしいがその前も後もよくわからないが命を扱う医者や裁判官警察官は殺しても罪に問われない、警察官は自死を止める仕事もしている、著名人が自死するとTVで真似しない様にと流れる、
昔奴隷貿易があり海外から人を捕まえてきて強制的労働者として何より便利なモノとして世界中から奴隷貿易で人集めして色々な使い方をした、金より奴隷の方が色々な使い方があり何をするにも人は便利に使える、労働力である、地位名誉金があっても自分でできる事は少ない何もせずに生きる為には奴隷、労働力がないとどうにもならない、人は宝、命は地球より重いとか言うが、人口は力、国力でその国の権力者には必要で無人島で地位名誉金があっても何の意味もない、自死がいけないとか命を大切にとか
労働力や税金や戦争のときに殺し合う労働力として権力者には必要だから法律や命について道徳的に綺麗事で飾るが、産まれた時から死は決まりで摂理で本能、ふと楽になりたくなるのも思春期とか小さな時虫を殺したり危険な事が平気なのも本能で、物心つくころは世間に洗脳されずに自然に過ごしていたら自死や殺し合う事もするのかもしれない、しかし労働力として産まれたのでそれはいけないと皆んながなんとなく思う様に社会はできている、
死は楽になる極楽浄土に行けると宗教で教えられた人達は喜んで死ぬ本も読んだ、
多分死は楽になる気がするし私自身死ぬのが怖くなくスカイダイビングやバンジージャンプや危険な遊びが好きで怖くない、と思っていたが 
気持ちと本能遺伝子は違い、より危険でぎりぎりになったとき体が全細胞が嫌がる、単車で200キロを超えた時、よく単車や車の運転が下手で事故をしていたので自分の本能が無理だと
感じたのか210.220.とスピードが上がる度に油汗と動悸、手汗がでて緊張する身体が固まる
一般高速道路の直線、他にも車や単車が走っているのを、止まったパイロンの様に縫いながら走る、ちょっとしたミスで事故になる、沢山事故した経験からどのくらいダメージがあるかわかる、230キロこえた位でアクセルを戻している300キロ以上でる単車でまたまだスピードは出る、しかし身体が無理だと本能が勝手にアクセルを戻す、心は死は怖くなくても体は拒否する、そんな経験を色々して解る、
自殺する人はメンタルが壊れている、しかし自分で自分を殺す人は本能が邪魔、拒否するはず、特殊な人はわからないし他人は解らないが
私自身自殺する事はできない、ぎりぎり本能が拒否して全細胞が邪魔するはずである、
切腹する侍とか考えられない、何か壊れている
自死する人はメンタル以上に何か壊れていないと無理だと思う、しかし日本人は年かん数万人自殺するらしい実際もっと数は多いが変死、事故死と変えて調整しているらしい、異常な数の人達が壊れている、何が原因なのかわからないが昔より増え続けている気がする。

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