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より良い親子関係をつくるヒケツ「親業」って?

1.親業(訓練)とは
 
親業(訓練)とは,アメリカの臨床心理学者トマス・ゴードン博士(1918-2002)が開発したコミュニケーションプログラムのことです。このプログラムは,カウンセリング,学習・発達心理学,教育学などの研究成果を基礎に作られています。日本では,1979年に初めて講座が開かれ,これまでに延べ12万人以上が講座を受講しています。

親業訓練一般講座の教科書にもなっている書籍
内容は,専門的でありながら,非常に読みやすい

2.親業訓練の歴史
 
以下の説明は,親業訓練協会のホームページサイトから引用したものです。当初,親業訓練は,非行少年などの治療のために行われていました。しかし,非行少年が非行に走る背景を分析していくと,そこには少年と適切に関わることができない保護者の存在が浮かび上がってきたのです。ここから,親業訓練は親に子への適切な接し方を教えることで,問題が起こる芽をつもうという面が強調されるようになっていきました。
 現在,アメリカでは中流階級から低所得者層まで,全米100万人以上の親が受講しています。1975年3月14日付のニューヨークタイムス紙によれば,「全国的な運動」と評価されるまでになっています。親業訓練の指導者も全米で5000人にのぼり,ニューヨーク州その他で教育免許の正式な単位のひとつに加えられています。1970年に開催された「子どもに関するホワイトハウス会議」における報告書には「家族崩壊を防止する新しいモデル」として推薦されました。

2.親業訓練の3つの柱
 
親業訓練には,3つの柱があります。それは,聞く,話す,対立を解く,の3つです。親業訓練では,この3つを段階的に学んでいきます。
 聞く:子どもが本当の気持ちを話せるように聞くこと
 話す:親の気持ちや考え方を子どもに率直に伝えること
 対立を解く:子どもと親の欲求が対立した際、互いが満足できる解決策を探すこと

3.「親業訓練一般講座」の流れ
 
親業訓練には,様々な講座が用意されています。ここでは,最もベーシックな「親業訓練一般講座」を例に各回の概要を紹介します。
 「親業訓練一般講座」は,1回3時間,全8回のプログラムです。講座は,教科書『親業』とワークブック(下)を使います。受講者同士でディスカッションしたり,ロールプレイしたりしながら進められますので,眠くなりませんし,体験的に学ぶことができます。このプログラムには,カウンセリングや発達心理学といった心理学の専門知識が盛り込まれていますが,心理学を学んだことのない方でも無理なく学べるように設計されています。

親業訓練一般講座で使用される,教科書『親業』とワークブック


 以下に,「親業訓練一般講座」の流れを紹介します。基本的に,自己理解から他者理解を経て,相互理解まで段階的に進むプログラム構成になっています。

  1回目:オリエンテーション&「行動の四角形」を学ぶ
 2回目:子どもの気持ちを聞く「能動的な聞き方」
 3回目:「能動的な聞き方」の練習
 4回目:親自身の気持ちを伝える「わたしメッセージ」
 5回目:「わたしメッセージ」の練習
 6回目:親子の対立の解き方について学ぶ
  7回目:対立の解き方「勝負なし法」の練習
 8回目:親の価値観の伝え方について学ぶ
 これまで心理教育プログラムを立案・実践してきている者としては,このプログラムの有効性について「さすが!」と脱帽します。

3.参加者の声
 
私は,これまで10年に渡り「親業訓練一般講座」を開講してきました。受講生に話を聞くと,効果についてはおよそ以下3点に集約されるようです。

(1)「子どもが困っているのか、親が困っているのか判別出来るようになった」 
 
これは,保護者自身がアセスメントができるようになったことを意味するものです。私は,親業訓練の効果として最も強調したいことは何かと聞かれたら,迷わずこのことを挙げます。子どもに対して適切な関わりするためには,子どもや親がどのような状態なのか,正確にアセスメントすることが重要です。もし,アセスメントがズレていれば,その後の対応もズレてしまいます。親業訓練を行なった受講生に尋ねたところ,そのほとんどがアセスメント力が高まったと自己評価しているのです。たった24時間の講座で,心理学を学んだ経験のない保護者がアセスメント出来るようになるというのは,本当に驚くべきことです。このような受講生の発言から,このプログラムがいかに良質なものであるのかがわかると思います。

(2)「子どもが悩み事を相談してくれるようになった」
 
保護者が子どもへの向き合い方や接し方を変えた結果,子どもが保護者を信頼し,自らの悩みを打ち明けられるようになったことを意味しています。親業訓練では,子どもが悩みを持っている時に,どのように聞いたら良いのか丁寧に学ぶことができます。親業では,受動的な聞き方,能動的な聞き方と呼ばれるものです。これらを体験を通して学ぶことで,子どもは保護者に心を開き,悩み事を相談してくれるようになったのだと考えられます。

(3)「子どもとだけでなく,夫婦のコミュニケーションも改善した」
 
親業訓練の効果は,子どもとのみに限定されているものではありません。子どもだけでなく,夫婦間や隣人とのコミュニケーションを改善するのにも効果的であることが示唆されています。受講生は,はじめ親業訓練の技術を子どもに用いていきますが,その中で,この技術がパートナーや自分の親,そして隣人にも有効であることに気づきます。面白いのは,受講生誰かは必ずこのことに気づき,全体にシェアしてくださいます。親業訓練は,2〜10名程度の受講生と進めていきます。この一人一人の気づきが,全体の学びを深めるのに役立っています。受講生は,親業訓練が子どもや夫婦,隣人にも有効であると気づいて下さっています。

4.まとめ

 以下に,まとめ資料を添付しました。ご興味がある方は,ダウンロードしてみて下さい。

「親業訓練一般講座」の紹介チラシ

5.私と親業訓練との出会い
 最後に,私と親業訓練との出会いについて書きます。私が親業訓練と出会ったのは,早稲田大学教育学研究科博士課程の学生だった2013年頃です。この頃の私は,不適応行動を示す子どもに,直接心理教育(例:アンガーマネージメント)を行うというアプローチを採用していました。これはこれで非常に効果的ではありました。が,ちょうどこの頃から,直接的なアプローチだけでは,不適応行動の改善がなされにくい子どもとも出会うようになってきたのです。例えば,子どもが不適応行動を起こす背景要因に親子関係が影響している場合,子どもだけにアプローチするのでは効果はそれほど見込めません。不適応行動の背景には,親子関係があるのですから,親子関係についても見直していくことが求められるのです。
 安全かつ着実に保護者からの協力を得られるようなアプローチはないものだろうか…そう悩んでいた頃,師匠の本田恵子教授から親業訓練を紹介していただきました。
 親業訓練受講後に受講生に感想を求めると,その多くが親業訓練が子どもとの関係をより良いものにするのに役立ったと回答して下さってます。また,子どもに尋ねてみても,保護者の関わり方が以前より心地よいものになったと回答しています。
 当然のことですが,このプログラムは全ての方に有効なわけではありません。ですが,10年ほど親業訓練に携わってきた経験からすると,親業訓練は親子の関係をより良いものにするのに効果的なプログラムの1つであると私は考えています。親業訓練について,さらに詳しく知りたい方は,以下のものをご覧ください。親業の効果を,論文等でまとめたものです。近いうちに,この分野における研究も活発に行っていきたいものです。

☆保護者には親業,児童にはソーシャル・スキルトレーニングを実施し,児童の不適応行動(キレる)を減少させた事例研究には,以下のものがあります。
高野光司・遠田将大(2017)小学生の親子に対するソーシャル・スキルの指導に関する事例研究,早稲田大学教育学研究科紀要,24,31-41

☆非行傾向のあった大学生の保護者(父と母)に「親業訓練一般講座」を実施した事例報告には,以下のものがあります。こちらは,コラムのようなものです。残念ながらリンクは作れませんでした。
遠田将大(2017)心を伝える 思いを伝える話し方,お父さんお母さんへの応援歌ほとけの子11月号,日本仏教保育協会,10-13

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