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夏休み課題「夏のすごろく」 --- 「ダウン症があるとかないとかどうでもいい、誇りがあればいい。」

支援学校の夏休みの課題のひとつに、B4の画用紙が渡されて、「夏の思い出をご両親が写真や絵などを使って書いてください」というのがあった。
このミッションを妻から託された僕ではあったのだが、いや、イラストとか無理だから。こういう小粋なデザインとか、本当に無理だから。
あれでしょ?写真を切ったり貼ったりして、マジックとか色鉛筆できれいに飾り付けしたりするんでしょ?あとシールとか、変なテープとか使って。
そういうの無理なんで。

でもな、父さん、文章ならちょっと書けるんだ。

ということで、ショートショートを書いて、その末尾に写真を一枚貼り付けて完成とした。
ショートショートの部分を、以下に掲載しようと思う。

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「今年の夏はどこにも行かなかったね」

僕がいうと、父さんは不服そうに反論した。

「実家に帰省したじゃないか」

「日帰りじゃないか」

「いや、それは、まあ」

だからといって、僕の夏休みが退屈だったかというと、そんなことはない。週のほとんどを放課後デイで過ごし、沢山遊んでもらったし、色々なイベントにも連れていってもらった。

「ほら、あれだよ。ソイくんは、放課後デイで色々行っているじゃないか」

親としても、それで問題ないと思っているらしい。

「まあね」

「お祭りっぽいのもあっただろ?船にも乗ったし、博物館なんかにも連れていってもらった。お買い物の練習もしたし。あと、カラオケ……は行かなかったな。どうして行かなかったんだっけ?」

「気分じゃなかった」

「君は、そういうとこ、あるよな」

「気分じゃないんだから、しょうがないよ」

「気分じゃないのなら、しょうがないな」

僕の父さんは、実は色々なことがどうでもいいと思いながら生きているのではないかという気がする。それでも一応気にはしているらしく、もごもごと弁明のようなことを始めた。

「父さんだって忙しかったんだよ。転職した会社がいきなり引っ越して、通勤時間が長くなるし。そのせいで、帰るのが遅くなっているのは、悪いとは思うけどな」

「でも、毎日家で晩ご飯食べているね」

「家にご飯あるからね。それにソイくんが毎朝、家でご飯食べるよねって確認してくるじゃないか」

「心配だから」

「そんなに心配しなくても、ちゃんと帰ってくるよ。それに、ご飯食べたあとは君の相手をしてただろ?ご飯食べ終わるあたりで、ぬいぐるみ(中の人は息子)が『えーん、えーん』って言い出すから、『どうしたのー、どうしたのー』って言って相手したし」

「あれは、ぬいぐるみが泣き出すんだから、しょうがないよ」

「しょうがないのか、そうか。……それと、あれだ、すごろくだ。今年の夏休みは、なぜか毎晩寝る前に、すごろくをしていた気がするぞ。そんなに好きなのか?」

「そういう気分だから」

「そういう気分じゃしょうがないな」

妙なところで納得が早いのも、不思議な親だと思う。毎晩子供の相手してすごろくをするなんて、面倒くさくないのだろうか。

「ほれ、じゃあ君の番だ。ひとマス進め」

「え?」

「え、じゃない。すごろくの話をしていたじゃないか。自分の足元を見ろ、マス目があるだろう」

「あ……あるね。そうだっけ、これすごろくなんだっけ」

「人生はすごろくのようなもんだよ。大抵1しか出ないけれど、たまに2とか3が出たりする。でもすごろくだから、順番がまわってきて1が出たら、前に進まないといけない」

「じゃあ僕は、ひとマス進めばいいの?」

「そういうことだ。次は、お父さんの番で、この歳になったらサイコロを振っても1しかでないことは分かっているけれど、振って進まないといけない」

「ゴールはどこにあるのさ」

僕は素朴な疑問を口にした。人生がすごろくなら、ゴールがあって、早く上がった人が勝ちというルールに違いない。

「ゴール?そんなものは分からないよ。どこかにあるとは思うけれど、どこがゴールなのかは、すごろくのコマである僕たち自身には分からない。どこかにあるとは思うけどね。でも分からない。分かりたくもないし、分かる必要もない。ほれ、ひとマス進んだぞ。次はソイくんの番だ」

僕はサイコロを振って、出た目の1に合わせてひとマス進んだ。

「なあ、ソイくん。お父さんより先にゴールするなよな」

父さんがぼそりと言った。

その意味するところは僕には分からなかったけれど、きっとずっと覚えておいて、いつか真剣に考えてみないといけないことなんじゃないかという気がした。

だから僕は聞こえなかった振りをする。

「お父さんの番だよ」

「ああ」

父さんはサイコロを投げた。やっぱり出た目は1だった。

<了>

(2018年9月4日記)

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