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「天城山からの手紙 37話」

天城というと東側の万三郎が頭に浮かぶが、私も、天城と言えばという事で東側からはいる事も多かった。春先には石楠花を求めて、沢山の人で登山道が埋め尽くされ、シーズンを過ぎると、ほぼ人と行きかう事もなくなる。少し寂しい気もするが、天城の良さは人が居ない故に、ゆっくりと満喫できる所にあるのかもしれない。この東側のルートは、撮影しながら一回りすると大体8時間位はかかってしまうのだが、いつも帰り道に三脚を捨てたくなる。そして、いまだ帰りに捨てたくなるのは笑いごとだ。写真のヒメシャラは、登山道から10分もしない内に現れる名物で、私は何時も足を止めてしまう。雨の中では、艶々に肌が輝き、隙間から注ぐ光と共に踊りだす。暗闇の中では、褐色の肌から温もりが溢れ出し、真夏の太陽の下でその肌に触れると一時の冷気を放つ。そして、その奇怪な形は、周りの者達を圧倒し、自分の存在を誇示するかの様に立っているのだ。この日の帰り道に、最後の休憩をとっていると、急に一筋の霧が辺りを包み、突如と特別な時間が流れ始めた。夕刻の光が差すと、そこは温もりで溢れ私を含め全ての者の安堵が溜息と共に木霊する。しかし、目の前に立つ者だけは、一寸の隙も無く立ち、気を緩めていない。それはまさに、瞬の感情に支配されず生きる事だけに執着した姿だった。そして”だからこそ、今ここに立っているのだ”と私には聞こえた様な気がした時、そこはもう霧は晴れ、特別な時間は終わっていた。

掲載写真 題名:「威厳」
撮影地:四辻付近
カメラ:Canon EOS 5D Mark III EF24-105mm f/4 IS USM
撮影データ:焦点距離45mm F4 SS 1/50sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2013年11月9日PM15:06


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