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「天城山からの手紙」33話

満月の夜に天城を歩くと、驚くほど森は明るい。地には月の明かりで影の分身が映し出され暗闇にすーっと伸びたその姿は、見とれるほどに美しい。逆に、新月の森は、まったくの暗闇に包まれ、恐ろしいほどに深い闇は、小さな物音でさえ、私の体に大きな鼓動を鳴らす。何度、ビクッとすることだろう・・その度に体力を奪われていく。そんな新月の夜は、天空を覆う木々たちの暗いトンネルを歩いると、何時も急がされる。何かに追われる訳ではないのに、背後へ意識がいくと、しばらくは気になってしょうがなくなるのだ。ヘッドライトを照らし歩いていると、時に、森の奥から2つの小さな光が現れる。これは鹿の目なのだが、何回も出会っているのでそれほど驚かない。しかし、それがいつも見慣れない場所に現れたらたまったもんじゃない・・。全身に何かがゾワッと流れた後に足から頭の天へと電気が走る。こればかりは寿命が縮んだんじゃないかと心配になってしまう。未だにその正体は分からないのだが、木の上にいるアイツは勘弁願いたい。そんな珍道中をしながら、暗いトンネルを抜けると、そこには自然のシャンデリアといってもいいだろう星空が待っていた。キラキラと輝く星たちを見つめると、顔に当たるのではないかと勘違いするほど降り注ぎ、ゆらゆらと煌めく。1点を見つめれば見つめるほど、目には涙が溜まり、さらに煌めきを増した。そして、私の頭上には東から西へと天の川が大きな橋をかけ、地上にいる私の隣には、命を失った倒木が力強く立っていた。私は、その倒木に命行く思いを込めて、天の川を重ね、いってらっしゃいとシャッターを押したのだった。

掲載写真 題名:「天への旅」
撮影地:伊豆稜線歩道
カメラ:Canon EOS 5D Mark III EF24-105mm f/4L IS USM
撮影データ:焦点距離24mm F14 SS 30秒 ISO3200 モードM
日付:2015年5月23日 AM2:11

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