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天城山からの手紙

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伊豆新聞で2018年10月より連載スタートした、天城山からの手紙-自然が教えてくれたことのアーカイブ記事になります。加筆訂正をし、紙面では正確に見れなかった写真も掲載。
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2020年9月の記事一覧

「天城山からの手紙」27話

「天城山からの手紙」27話



このツゲ峠は、今、一目で荒廃が確認できる場所かもしれない。その地は、フカフカの苔が埋め尽くし、その上に倒れたブナ達は最後の安らぎをもらい眠る。まだ倒れぬ者達は、無残な姿のまま立ち尽くし、中には、そのまま体が崩れ落ち、倒れる事さえ許されない者もいる。そんな姿を見ると、どうしようもない空虚に体中が包まれ、これも自然の摂理だろうと思えば、気が紛れる、人間もその中にいると思うと気が引き締まる。この日は

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「天城山からの手紙」26話

「天城山からの手紙」26話



4月中旬も過ぎてくると、天城にも春の息吹が聞こえてくる。やっと丸裸の森も新緑の衣装を纏ってにぎやかになり、早朝から全身に真っ赤な太陽の暖光を浴びて始まりの英気を養う。新しい葉は、淡く輝くほどの緑で、森全体が一瞬の花火を咲かせる。私も、そんなパワーのある時間を過ごしたくて4月から早朝撮影が多くなっていく。ただこの時期になると、朝が早く登山道へ着くのが2時過ぎになってしまい、こっちも気力勝負になる

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「天城山からの手紙」28話

「天城山からの手紙」28話



とにかく森の朝はすばらしい。静寂の闇がだんだんと光に包まれ、次第に歓喜の声がこだまし始める。眩い太陽の光が、森に住む者達に命を吹き込むのだ。いつも暗い中を歩きながら、今日、出会えるだろう情景を頭に浮かべ、心を整える。感覚的に、森の朝をとらえるためには、徐々にそのモードへと自分を入れて行くのも重要で、歩く時間は私にとってそんな意味で必要なのだ。ふと気が付くと、小さな鳥の声が暗闇の向こうから聞こえ

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「天城山からの手紙」25話

「天城山からの手紙」25話



伊豆に流れる渓谷は、天城連山を中心に、四方八方へと流れだしている。まさに母なる山で、その恵みたるは想像が容易いのではないだろうか。森を歩き月日も積もれば、ちょっとした変化にも気が付くようになってくる。いつも、何気なく歩いているようだが、音や香り、そして目の前に広がる風景とたくさんの情報が、知らぬ間に頭に刻まれいるようだ。ある日、何時もの様に歩いていると、「ちょろちょろ・・」とせせらぎの音が聞こ

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「天城山からの手紙」24話

「天城山からの手紙」24話



皮子平を抜け戸塚峠に着いた頃には、冷たい霧が頭上から降り注ぎ立ち込めていた。天城の森は、霧に包まれれば包まれるほど、幻想の世界が広がっていく。普段は無骨に立つブナ達も、ここぞとばかりに動き出し、その体は、両手を広げ天を仰ぎ腰を力強くねじり踊りだす。3月の下旬という事もあり、新緑には程遠く、その姿は真っ裸だ。だからこそ、嘘のない感情が、霧の中で見え隠れする。気づけば、ポツポツと小雨が降り初め気温

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「天城山からの手紙」23話

「天城山からの手紙」23話



ただ天城の森に行きたい思いだけで飛び出したこの日、戸塚歩道に入ると、急に気温が下がり辺り一面が段々と霧に包まれていった。先へ先へと目をやると、そこは異世界へと続く長い道が伸び、そこをゆっくりと私は歩を進めて行く。季節の変わり目であるこの時期は、なんとなくいつもと違う雰囲気が漂う。まるで風船が少しずつ膨らみ、今か今かと破裂するようなそんな騒めきがあるのだ。そして深く息をすると、そこには、春を待ち

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