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天城山からの手紙

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伊豆新聞で2018年10月より連載スタートした、天城山からの手紙-自然が教えてくれたことのアーカイブ記事になります。加筆訂正をし、紙面では正確に見れなかった写真も掲載。
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2020年8月の記事一覧

「天城山からの手紙」22話

「天城山からの手紙」22話



この日、筏場にある林道口から皮子平を経由して、最深部にある”ヘビブナ”を目指した。このルートはお気に入りの一つなのだが、戸塚歩道に入るまでが実に退屈でいつも二の足を踏んでしまう。ただ3月の天城は、眠りと覚醒の狭間にいる時期で、何もなければ全くの無だが、時として神秘的な情景に出会うことができる。この日も、とにかく山に行きたい一心で出かけた。天城の中でも、私は戸塚歩道は大好きな場所の一つで、まさに

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「天城山からの手紙」21話

「天城山からの手紙」21話



温暖な伊豆でも、こんな雪の物語がある。キラキラと輝く雪原を一片の穂先が旅路に立つ・・。天城の撮影に入り、初めての冬は、巡るめく出会いで溢れ、いつでもこんな風景に出会えるのだと勘違いするほどだった。とにかく雪の天城と出合いたくて、危険も顧みずにチャンスとあれば、単身乗り込む。この日は万三郎を経由して小岳までの往路を夜明け前からスタートした。数日前に積もった雪はあまりにも深く、普段歩く様子ともまっ

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「天城山からの手紙」20話

「天城山からの手紙」20話



13回目の記事で書かせてもらったが、あれから何回と偶然の出合いを天城の森から見せてもらっただろうか?偶然が積み重なる度に私は、この出合いは、起こるべくして起こっているのではないだろうか?という想いを抱き始めた。この日、パソコンの前で仕事をしていると、ふと天城の森へ出掛けなくてはと頭に浮かんだ。行くには一睡もせずに車で3時間の距離を出なければならず、しかも予定外。行くか行かないか大きな葛藤があっ

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「天城山からの手紙」19話

「天城山からの手紙」19話



登山道入り口へ到着し、これから出合えるだろう景色に胸を高鳴らせた。その理由は、こんなに好条件の雪の天城はめったにないからだ。突如現れる絶景を前にすると、どこを撮影していいのかさへわからなくなり、普段の力が発揮できない事がある。そんな時、私は自分の背後から自分と情景を、客観的に見るような感覚で臨む。そうすると、他人事のような心情となり平常心を保つことができるのである。この日も、森の中は、なかなか

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「天城山からの手紙」18話

「天城山からの手紙」18話



凍り付いた湖畔は、住む者すべての時間を奪う。経験上、”霧氷”という現象に出合える確率が一番高いのが八丁池だ。伊豆では霧氷なんて現象はあまり馴染みがないかもしれないが、一度見ると本当に幻想的で、見る者は心を奪われる。昔は、八丁池までアイススケートをするために多くの人が足を運んだようだが、今考えると凄い事だと思う。私も試しに氷の上を歩いてみたが、湖畔全体を十分に歩く事が出来た。しかし、森は時として

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「天城山からの手紙」17話

「天城山からの手紙」17話



真冬の天城は、騒めきが無くなり、ただ静まり返る。まるですべての時間が止まり、生きる為の情熱も消えてしまった様にだ。暗闇の森を歩いていると、一歩踏み占める度に、15㎝以上ある霜柱が折れて「ザクザク」と森に響き渡る。自然の造形を一歩一歩壊し歩くのはとても気が引けてくるが、暗闇を歩く為の気晴らしには丁度いいのである。そして息が切れてくると、真っ暗なブナの森で、ライトを消し、霜柱の上に、そっと腰を落と

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「天城山からの手紙」16話

「天城山からの手紙」16話



天城山の冬景色は、なかなか出合う事が出来ない。大雪になると道は寸断され、ちょっと積もったかといっても物足りない。そんないい塩梅のチャンスは、年に数回だろうか。この時期になると天気予報とライブカメラをチェックするのが日課となっている。実は14回目でお話しした命を救われた数時間前に撮影したのが今回の写真だ。この時はまだあんな事が起きるなんて夢にも思わず、夢中になって撮影していたとは恥ずかしい。この

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「天城山からの手紙」15話

「天城山からの手紙」15話



今回画題に「ブナの想い」と付けたのだが、見る人によって思い方が変わってくるのではないだろうか。私達の住む土地にある天城山は多くの恵みを私達に与えてくれる。改めて考えると、伊豆の大地に立つ天城の存在は私達の宝なのだ。森は私達の計り知りえない時間をかけて、その場所に出来上がっている。たかが少しと木1本を切るのも”時間”という取り返しの付かないものを壊しているのだ。それこそ森を切り開くなんてどれだけ

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「天城山からの手紙」14話

「天城山からの手紙」14話



ある冬の日に、私は雪の天城で命を救われた。この日、めったにないチャンスを見過ごす訳には行かず、細心の注意を肝に銘じて強行したのである。道行く景色は、すべてが素晴らしくシャッターを押す手が止まらない。入山が午後とあって、帰りのタイミングを計りながら奥へ奥へと吸い込まれていった。慢心もあっただろう。まだ大丈夫と、タイムリミットぎりぎりに帰路に着いた。しかし、いつもの道は、全く別世界でホワイトアウト

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