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明かりをみつめてときを待つ

「まさのり、くしゃみが出そうで出ないときは明るいところを見るといいとよ」

石油タンカーで働いていた父は、1年のほとんどを中東のペルシャ湾と日本を往復する船の上にいた。家族と過ごす時間は年に数日くらいで、ほとんどの時間を水平線以外なにもない景色の中で働いていた。だから、僕の幼少期は母と2人の妹の住む父のいない家でただ1人の男として過ごしていた。
たまに母は普通の夫婦であれば夫に相談するようなことを僕に相談をしてくれていた。僕は世間も知らないくせに一丁前にその相談にのっていた。いま思えば複雑な内容の相談ではなかったので、母は僕に相談していなかった多くの悩みを1人で抱えていたんだろう。

妹2人はすでに自室で寝て、母と僕はリビングで夜遅くまで起きていたりしていたことがあった。僕は高校受験のために苦手な勉強をし、母は苦手な縫い物をしていた。母は、主婦業が得意ではなかった。記憶が不確かになっているけど、くしゃみが出そうで出なかったときに明るいところを見つめるとくしゃみが出ることを母が教えてくれたのは、そんな夜だったと思う。ストーブの上でヤカンがクツクツいっていたのを覚えている。

時間が経過して、僕は地元の高校を卒業後、上京して今の妻と出会った。そして、結婚するために福岡に戻ってきた。僕が東京で過ごしていた間に、父は石油タンカーの会社を辞め、母と一緒に塗装やリフォームや清掃をおこなう会社を始めていた。そこそこ好調のようで社員も数名いた。
福岡に戻ってきた僕は、しばらくその会社で働いていた。でも、僕には僕のやりたい仕事があったので、その会社を辞めプログラマーになった。

その後、程なくして父と母は離婚した。

プログラマーになって3年が経過して、僕は起業してヌーラボという会社を設立した。プログラマー達が中心となって活躍する技術の会社だ。始めたときは数人だった会社も、2、3年でたちまち20人くらいになったと思う。母とはずっと会っていない。

ある日、僕はミーティング中に「待って」と言って話すのを止め、天井の直管蛍光灯をじっとみつめた。へっくし。

「くしゃみが出そうなときは、明るいところをみつめると出るって知ってた?」

自分で見つけた攻略法のように自慢気に話したのだけど社員からの共感を得れなかった。
そんなことはない。僕は母の話を聞いてからというもの、鼻がムズムズしてくしゃみを出したいときは太陽を見たり、蛍光灯を見たりしている。確かに明るいところを見ると確実にくしゃみが出る。パソコンのモニターの明るさを強くしても出るくらいだ。調べてみるまで、みんなそうだと思っていた。

光くしゃみ反射というものがあるらしい。光が刺激となって反射的にくしゃみが出る現象。眩しさを感じるとくしゃみが出る。
Wikipediaによると『この反射は日本人では約25%の人に現れる。優性遺伝によって子孫に伝えられると考えられ、光くしゃみ反射をもつ家系では複数の家族が光くしゃみ反射を持つことが多い。』ということらしい。

くしゃみが出そうで出ないときに明かりをみつめていると「母の息子なのだなぁ」と感じる。

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