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午後11時、金麦と靖国神社

(ヘッダー:真夜中の東北ドライブにて。)


2020年4月、とある金曜日の夜、金麦を片手に午後11時に靖国神社に行ったときの話。徒然なる備忘録。


九段下のホテル

その日は九段下のホテルに泊まっていた。

東京は緊急事態宣言。どうやら新型コロナウイルスの影響が深刻で、不要不急の外出は控えるようにと、都や国が精力を挙げて発信していた。

私も他人事ではなかった。当時勤めていた会社の社員寮に暮らしていたが、うち一人の社員が「陽性」と判断された。食堂や大浴場が共用のために、私を含めた社員80人ほどを濃厚接触者として2週間隔離する措置がとられた。その期間が明けて解放されたのが、ちょうどこの前日の話である。


さすがにそのまま寮暮らしだと、もう一人陽性者がでたときに再度2週間の隔離が必要になるとのことで、しばらくホテルに退避、そこから通勤しろと指令がでた。

そのホテルが、なぜか九段下だった。

九段下
(とても清潔で、いいホテルでした。)


前日の晩、両親に電話をした。

「もしもし、元気?」

父「おー、元気にやってるか。東京も感染者増えてるみたいやなあ。ニュース見るたびに○○(僕の名前)のことが心配よ。」

いつも両親は過剰なほどに心配してくれる。ありがたい話だ。確かに僕は大学で上京し、そのまま就職した。18年間ずっと実家で暮らしていた息子が急に出て行ったので、いつまで経っても心配は消えないらしい。

「九段下のホテルに行けと言われたよ。GW明けくらいまで、2週間ほど。」

父「お〜、ほんまか。。。(緊急事態宣言の状況は)深刻やな。」

父はまるで、僕が感染して病院に搬送されるかのような、気が重そうな返事をした。ホテル暮らしが始まるってだけなのに。



真夜中の散歩

ホテルに移って2日目の夜、金曜日。

日中は在宅勤務という名の、待機状態だった。会社のシステムの都合上、外からアクセスできる端末は限られており、緊急事態もあってリモートワーク用の端末の発注が全国から相次いでいるためか、私の手元にはまだ行き届いていなかった。要するにホテルには泊まりつつ、何も仕事はできなかった。

その夜、夕食を買いに近くのスーパーでカップヌードルやビール、翌朝のシリアルと牛乳などを買った。お湯を沸かして注いだころに、私は割り箸をもらうのを忘れたことに気づいた。

再度スーパーまで歩くのも面倒だったので、その場は二本の歯ブラシの柄を使って食べた。しかしカップ麺はもう3つほど買ってるので、いずれ割り箸は必要だった。食後に割り箸をもらいに再度スーパーに行くことを決めた。


部屋着のパーカーで財布だけを持ち、外に出る。4月末の夜は、まだ少し肌寒い。時計は午後10時半を少し過ぎている。

お箸をもらうためにスーパーで買い物をする。数十分前にも同じ格好で来たところだった。同じ店員さんから、金麦1本を買う。103円。

「お箸4膳ください。」

さっきもらい忘れたんだろな、ときっと勘付いてくれただろう。

「ありがとうございました〜。」

再びお店を出る。


そういえば昨日電話したときに、父が言ってたことを思い出した。

「九段下か〜、ええなあ。お父さんなら毎日靖国神社いってしまうわ。ハッハ。」

電話越しに笑い声が聞こえた。

確かに父は昔から歴史ある名所が好きだった。あとは外国文学。ドフトエフスキーは日本語に訳されている作品はほぼ読みきったとか。プルーストがどうこう、とかよく聞かされていた。僕は興味がないこともあり、いつも軽く聞き流していた。

父が言う靖国神社が近いことも知らなかった私は、Google Mapで調べてみる。どうやら徒歩5分ほどだ、近い。行ってみるか。

なんとなくの思いつきで、向かい始めた。

ホテルの前の大きな通りが「靖国通り」であることにも今更気づいた。大通りの名前になるほどに大きな神社なのか、それとも歴史ある地名なのか。ぼんやりと考えていた。

街の通りは人が少なく、普段を知らないが大通りの交通量も少なく感じる。通り沿いにはタクシーが3台。このご時世に誰が使うんだろう?とか思った。運転手も暇そうにリクライニングを一番深くまで倒して寝ている。

よく考えたら今日は金曜日か。華金か。そう思うと、急に街が異様に静かなようにも思えた。

さっき買った金麦を開け、飲みながら夜の都心を歩いた。



大きな鳥居が、目の前に。

高いビルばかり並んでいる通りを歩くと、急に木々が並ぶ広い敷地が目に入った。一眼でそこだとわかった。

細いポールの間を抜け、石の参道に入った。

(これが、靖国神社か。。でかいな。)

と心のなかに小さな感動があった。テレビで官僚の人が参拝したとか、SNSでそれを批判する人とか、たくさんみたことはあったけど、実際に訪れたことはこれが初めてだった。

しかし、なぜ靖国神社参拝というと、政治的な色が濃くなったりするのだろうか。確か私の記憶では、戦争でなくなった人を祀る神社だと聞いていた。私が知っていることはそれだけで、政治的な意味はよくわからなかった。

戦没者を祀る神社。ニュースでもみたことがある。そこに自分がいる。不思議な感覚であったが、それ以上の感情は生まれなかった。都心にこんな大きな敷地があるのはすごいな。それくらいだった。


緩やかな傾斜のある参道を歩くと、巨大な鳥居が目に入る。夜暗くても相当な迫力がある。この坂が九段坂だと呼ばれる坂の一部で、九段下の地名の由来と知ったのは、もっと後のことである。

父が昔言っていた言葉がまた蘇る。

「お父さんが初めて靖国神社に行った時、もう泣けてきてたまらんかった。ほんまに感動した。」

なにがそんなに感動したのか、これも正直わからなかった。


しんとした境内。大きすぎるほどの鳥居。車が走る音。自身の五感が研ぎ澄まされていることがわかる。少し遠くには大きい石像も見える。少し寒い。手にはビール。

客観的に見ると、少し不審に思われても仕方なかったかもしれない。飲みかけの金麦と、部屋着のパーカー、かばんも持たずに夜11時の靖国神社の境内を眺める若い男性。しかも世の中は非常事態宣言、外出の自粛。きっと他の人は金曜ロードショーでも見ながら家で過ごしているのかもしれない。


静かな境内

本殿まで歩く途中に、二つ目の鳥居があった。近くには案内板。見ると、その名の通り「第二鳥居」というらしい。本殿へと入る正門のようであった。

そこから先は柵で入れなくなっており、どうやら閉門されているらしい。神社にも閉門という概念があるのか、と少し驚いたが、都の外出規制を考えるとむしろ参拝客が自由に出入りできる状態を放置するわけにもいかないか、と少し納得感もあった。

本殿も見れないことが分かった私は、振り返り、ホテルへと戻ることにした。

参道途中にある自動販売機は明るく、遠くからでも目立つ。近くにはバスの駐車場があった。きっと日中やお盆などは多くの人でごったがえすのだろう。自動販売機のジュースも運転手や参拝客の喉を潤す、大事な役割を果たしているのだろう。

今はただ、誰も求めていないのに電気だけを消費する、ひとりぼっちの機械だった。


帰り道、その心中

そんなに人生をかけて来たいと思うような神社なのだろうか。確かに立派で荘厳な雰囲気を持つが、父の両親が戦争で死んだわけではないし、特別な事情があるわけではないだろう。

私には、そのありがたみが分からなかった。


私はなぜこの日、この神社を歩いたのか。

私より30年も長く生きた父が言う「毎日でも通いたい場所」とはどういう意味なのか。自分のなかで反芻して考えた。

このとき思った、きっとここは、今の自身の立ち位置を再確認できる場所なのかもしれない。人生や歴史を振り返り、今の自分を俯瞰して思いを馳せることができる場所なのかもしれない。
いつ来ても巨大な鳥居が都会のビルが林立する喧騒のなかに急に現れ、威風堂々とたたずむ。自分がどれだけ変化し、成長し、もしくは卑下し、失望していても。いつも変わらずにいるのが、この神社だ。


じゃあ自分は、、

いま何をしたくて、何のためにこんなところにいるのか。
考えれば考えるほど分からなくなった。

社会もいつ経済が復活するのか先も見通せないなか、不安定な感情をもったまま仕事にいって日々を過ごしている。
仕事の将来性やキャリアの不安、新型コロナという先の見えない鬱屈、人がいなくなった東京の都心の寂寥感、、、、世界に独りぼっちの感覚。

しかし、いまこの自分がこの場所に立っている。


(父が一生かけても来たいと言っていた靖国神社に、金麦片手に夜ふと思いつきで来れてしまう。東京に住むとはこういうことか。
(なぜこんなところに一人、いるのだろうか。)

わからないけど、寂しいけど、頑張って元気に生きよう。少なくとも親が生きているうちは。そう思った。

いろんなネガティブな気持ちも渦巻いた。けど、その先に感じたのは、父と電話したことで、「家族が自分を応援してくれているだろう」という感覚だった。
父はこの神社に来たくても、簡単には来れない。しかし自分はそんな場所で働き、暮らし、生活をしている。恵まれた環境であろう。

うん、がんばろう」心のなかで呟いた。
なにを頑張ればいいのか、よくわからなかったが。

神社の大きな鳥居に背中を向け、緩やかな坂を下ってホテルに向かった。
少し先にはハンバーガーチェーン店が見えた。いつもは24時間営業のはずが、時短営業のせいでシャッターが閉じられていた。
僕の片手に持っていた金麦の中身は、炭酸が抜け、ただの麦ジュースになっていた。

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(後日改めて、日中に境内を歩いた。)



おわり

お読みいただきありがとうございます。うれしいです。