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関西学院大学レインボーウィークに参加して。

少し日にちが空いてしまいましたが、
先日関学レインボーウィークにやっとこさお邪魔してきました!(家から徒歩10分なのに初)

最終日のパネルディスカッションを傍聴させていただきました。

パネラーには現役の学生さん方、比較的若い世代のLGBTに関わる活動をされている皆さんのお話をお聞きできました。

ここ数年で、LGBTを取り巻く環境も嵐のように変化があるけれど、なんとなく取り組んでいる人も増えてきたし、ユース世代の生きづらさは少しは改善しているかな?と期待しながら聞いていました。

が、お話聞いているとやっぱり、まだまだ変わんないんだなぁと思いました。

セクシュアリティの自認で不安を感じること。
そのバックグラウンドは依然として、メディアが形成したネガティブなイメージがあること。

悩みを抱えたどうかは環境起因の影響が大きく、制服などの選択肢が増えても、周辺の理解がなければ取れない選択肢のまま。

そのためにも、マイノリティの存在を前提に社会制度設計が変わっていくこと、フラットに話せる環境づくりも必要だと改めて実感しました。

一方で、こういったパネルディスカッションができるレベルにまで、世界規模で一定の知識の共有や、研究、取り組みが進んできていることは前に進んでいるようにも感じました。

お話を聞いていて、私の体験に共通することもたくさんあって、

最近では、LGBTに関わる用語が広く伝わった一方、過度なジェンダーの当てはめが行われていることも事実だと思ったのです。

ノンバイナリーであること、
身体的に同性のパートナーがいること、
トランスジェンダーという言葉や、ゲイ、レズビアン。

本当はその人が生きやすくなるための
一つの基準値のようなものなはずなのに、
いつからか社会の中で分かりやすく区別するとか、縛り付けてしまうような、息苦しいと思うことも増えたように思うのです。

『いることを当たり前』として、社会を組み立てていく。
その努力をまだまだせにゃならんと思うたのです。(私はユースワークのフィールドでがんばろ。居場所作りこれからもがんばろ。)

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