根拠のない大丈夫の上で

記録的な大きな災害が続いている。

地震、大雨、台風。。

ふと思ったのが、ぼくたちはなんの根拠もないけれど大丈夫、という考えの上で生活を営んでいるということ。

安全神話というほどのものではないけど、まさかそんなことが、まさか自分に降りかかるなんて、とタカを括っている節がある。もちろん僕も含めて。

それは、何を言われようが、自身が被災していなければ、結局他人事としてでしか災害を捉えられていないから。一度でも実際に被災したら、その危険が・怖さが分かる。とは言っても、被災してしまうと、命を落とす可能性もあるし、進んで経験したい類のものではない。

だったら、、

ぼくたちにできることがあるとすれば、もっと知ろうと努力すること、関心をもって可能なら関わっていくことだと思う。

知ることについては、今後の対策、事例からの危険予知など、災害に学ぶことは多くある。

関わっていく方法は、寄付でもなんでもいい。それだけで少しは全くの無関係ではなくなる。ボランティアなどで現地の復旧を手伝えるのが、よりいいと思うけど、状況によっては受け入れ態勢がなかなか整わないような場合や、フェーズによって変わるニーズの問題もあるから、ただ行けばいいってもんでもない。

東南海地震への警鐘はボクが小学生のころから鳴らされていた。それでもまだ発生していないことからもよく分かるけど、地震は本当にいつ起こるか予測できない。だから考え得る限りの危険や、発生後に陥るであろう状況を頭に入れておいて、いざというときに適切な行動を迅速に取れるようにしておきたい。

その点、台風は進路や勢力もかなり正確に事前に知ることが出来るんだから、学校も会社も休みにしたらいい。強い台風が迫っている状況で、出社しなければいけない意味がわからない。命がけの罰ゲームでしかない。

そして完全に自宅待機する。暴風域を抜けるまでは、絶対に外出しない。それだけでも徹底して守らせることができたら、聞きたくないようなニュースも少しは減るんじゃないのか。

まじめで重たい話になってしまった。明日は何か明るいことを考えます。

おやすみなさい、またね。

「スキ」が元気のみなもとです!