根性でガンレバばなんとかなる?

大手住宅メーカーの不祥事

いつも拝読させていただいているダイアモンドオンラインにこんな記事が掲載されていました。

人口が激減する社会で、新しい住宅や施設をバカバカつくっていく方法は、やはりどう考えても、無理がある。その無理は頑張りや努力で乗り越えることはできない。「頑張って成長をする」という昭和の経営者の根性論から脱却する時期にさしかかっているという事実に、経営者は気づく必要がある。

 『また、アマチュアスポーツの体罰問題で指摘されたように、選手時代に体罰を受けて一人前になった人は、コーチになってからも当たり前のように選手を殴る。自分がそうやって強い人間になったからだ』

 『このような人口減少社会にそぐわぬ「体育会のノリ」の押し付けが、現場のモラルハザードを引き起こし、「4000棟の不適合建設」につながった可能性はないだろうか』 と指摘している。

確かに体罰は減少したが

スポーツ業界と同じだな、、、これが第一印象です。

確かに最近は流石に暴力は無くなってきているようですが、 こうやれ、ああやれといった、指導者の感覚論を押し付ける指導はいまだに蔓延しているようです。

なぜビジネス業界同様スポーツ業界もこのような事が起こるのか?

スポーツ業界を例にとると指導者が選手に問題点の根拠を論理的に説明ができないといったことが多く挙げられます。

つまり、なぜできないのか?この点を論理的にわかりやすく説明ができないまま自分の感覚論、経験論に巻き込み 『何故これが分からないのだ』といった指導はいまだに多くみられています。

世代は既に変わってきています。

ビジネス面でも『頑張って成長する』という昭和経営者の根性論からの脱却が叫ばれている中、スポーツ業界も同様に学んでいかなければならない課題ではないでしょうか?

では、どのように改善に結びつければ良いのでしょうか?

自己決定権の必要性

ある研究では「中学から高校への進学」「高校から大学への進学」「初めての就職」について、自分の意思で進学する大学や就職する企業を決めたか否かを尋ねたところ自分の進路や生き方を自分で決めてきた人たちほど幸せを感じているといった研究報告があります。

実は自己決定権はスポーツシーンにおいてパフォーマンス向上に大変重要な要素を占めています。

自分で考え、判断し、実行に移すこれが自己決定権です。如何ですか?やり方を教える指導では絶対に到達出来ない事です。

体罰は確かに減少傾向にありますが、選手に委ね考えさせ能力を発揮させる指導はまだまだ一般的になっていないようです。

この話を指導者にすると『そんなことしたら、何していいかあいつら分からない』と言った指導者がいましたが、『何をしていいか分からなくしているのは指導者自身』なのです。

一部の競技を除き試合中は選手に直接介入はできません。

全て自分で判断しなければならないのです。

本当に大切なのは『考え、判断、実行』をどれだけ自己決定できるか?これが大切になってきます。

適切な問いかけと言語化

小生もアスリートを指導中弊社原田に教えすぎではないですか?と指摘されることがあります。以前noteにもこの件は述べさせていただいたのですが

30年も前の経験はついつい忘れてしまうのですね

教え込むことは指導者の満足にはなるが選手の成長には結びつきにいことは経験上理解はしています。

そこで問われるのが 選手への適切な問いかけです。

教えるのではなく問いかけることによって、考え感じ取る間を与え 判断し、実行に移すこれで自己決定権が生まれます。

このプロセスの中で大切になってくるのが言語化で知覚感覚や動きの改善に大きな影響を与えます。

事実、言語表現の向上とパフォーマンスの向上には明らかな相関関係が見られることが経験値から感じられます。うまくいかないと我慢と根性が足りないと言われる指導からは一線を期すもので 主体はあくまでアスリートであり指導陣とはオブザーバーのような関係が成り立っています。

このような関係ですからパワハラなど当然起こりにくく 選手自身が気付きながら成長していくことが可能になるわけです。

デザイナーはデザイン画からモックアップを作り上げることによってよりイメージを高め良い製品へと導きますが、

体を使ったアーティストであるアスリートも適切な問いかけによって感覚を言語化し

自分の動きやイメージをモックアップしながら記録の向上を目指すことは、

個を大切にする今の時代に一番最適な指導法かもしれません



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