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『孫子』を現代文脈で捉えたら新たな気づきがあった #カタノリvol.6 開催レポート

2,000年以上も読み継がれている古典『孫子』を題材に、今月も #カタノリ 読書会を開催しました。

なにせ、史上最古級の古典です。学びや気づきはたくさんあるのですが、この記事ではあえて2点に絞って、ご紹介したいと思います。

戦争とか兵法にそこまで興味がない私ですが、読んでいる途中でこのポイントに気づいたことで、現代に生きる私にとっても、『孫子』から得られる示唆がグッと広がりました。
皆さんにとっても、新しい気づきがあれば最高です。


知るべきは顧客と市場

兵法は戦いのためのノウハウなので、どうしても敵との戦い方を思い浮かべ、ついつい「敵=競合」と捉えがちです。
現代に生きる私たちにとって、とにかく敵を倒すための方策を説く兵法書は、あまり役に立たないように感じてしまいますよね。

私もそう思っていたのですが、この部分を読んだときに「あ、そうか!」と気づいたのです。

動いて迷わず、挙げて窮せず。
吾が卒の以って撃つべきときを知るも、敵の撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つべきを知るも、吾が卒の以って撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つべきを知り、吾が卒の以って撃つべきを知るも、地形の以って戦うべからざるを知らざるは、勝の半ばなり。故に兵を知る者は、動いて迷わず、挙げて窮せず。故に曰く、彼を知り己を知れば、勝、乃ちあやうからず。天を知りて地を知れば、勝、乃ち窮まらず。
(地形篇5)

ざっくり言うと、
戦上手は、敵、味方、地形の三者を十分に把握しているので、行動を起こしてから迷うことがなく、戦いが始まってから苦境に立たされることがない。

これを、敵=競合ではなく、敵=顧客と読み替えると、3Cっぽくなるんです。Customer, Company, そして地形=Comeptitorを含むMarketのこと。つまり、Customer, Company, Marketを十分に把握するものはうまくいく、と読み解けます。

敵=競合ではなく、敵=顧客と読み替える。

これによって、他の部分からも、全く新しい示唆を得られました。例えば、かの有名な 彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず を見直してみましょう。

故に勝を知るに五あり。以って戦うべきと以って戦うべからざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下欲を同じくする者は勝つ。虞をもって不虞を待つものは勝つ。将能にして君御せざる者は勝つ。この五者は勝を知るの道なり。故に曰く、彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ずあやうし。
(謀攻篇6)

ざっくり言うと、
1. 彼我の戦力を見て戦うかどうかの判断ができる者は勝つ。2. 兵力に応じた戦いができる者は勝つ。3. 君主と国民がひとつになっている者は勝つ。4. 万全の態勢を固めて敵の不備につけこむ者は勝つ。5. 将軍が有能で、君主が干渉しない者は勝つ。
敵を知り己を知るならば、絶対に敗れるはずがない。己を知って敵を知らなければ、勝敗は五分五分。敵を知らず己も知らなければ必ず敗れる。

無理やり読み替えると、顧客を知り、自社を知れば、百戦してあやうからず、となります。こうしてみると、営業活動での受注に向けたシーンだけでなく、カスタマーサクセスの文脈にも当てはまりますね。

あらためて見てみると、『孫子』のメッセージはきわめてシンプルで一貫しています。

算多きは勝ち、算少なきは勝たず(始計篇7)
勝利の見通しが立つのは勝利するための条件が整っているからである。逆に、見通しが立たないのは、条件が整っていないからである。

勝兵は先ず勝ちてしかる後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いてしかる後に勝ちを求む(軍形篇4)
あらかじめ勝利する態勢をととのえてから戦う者が勝利を収め、戦いを始めてからあわてて勝機をつかもうとする者は敗北に追いやられる。

とにかく準備しろ。準備してる者が勝つ。してなければ負ける。
態勢を整えろ。整ってなければ戦うな。
地形を把握しろ。地形に応じた戦い方がある。
戦争には莫大なコストが掛かる。やらなくてすむ方法をまず考えろ。

自分たちがやりたいことだけじゃなく、市場や顧客のことをちゃんと把握して、態勢を整えて臨まない限り、無駄な労力で疲弊するだけだよ、と語りかけているようです。

『孫子』は真の目的は戦うことではなく、「相手を降伏させること」と捉え、むしろ無駄な戦争は止めとけ、という立場を取っています。

この「真の目的」を現代風に考えるならば、「相手に自社の顧客になってもらうこと」と捉えることができます。
ちゃんと相手のことがわかってなければ攻めても無駄だし、そもそも攻めずに顧客になってもらう方法があるなら、その方がいいよ。だいたい「攻める」って、めちゃくちゃ社員と資金を消費するからね
という話になります。

「城攻めで勝つのは最悪の手段、戦わずに勝つのが最上の策」と唱える『孫子』の言葉は、「頑張ることに価値があるとか、苦労するのが偉いとか、それ勘違いだからね」と説くインフルエンサーの言葉にも重なるところがあります。なかなか味わい深いですね。


すぐに動けばいいってもんじゃない。短期決戦でケリをつけるんだ

これでもかこれでもかと、準備の大切さ、状況把握の大切さ、戦わずに勝つことの良さを説く『孫子』を読むと、おや?と感じます。

兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきをみざるなり

この有名な言葉は、「準備に時間を掛けるよりも、すぐに動いた方がいいよ。長く準備して勝ったヤツ見たことないから」と解釈されることが多いですが、この解釈ではさっきまでの「準備大事」な主義主張と合いません。
どういうことでしょう?
ちょっと長いですが、前後を含めて読んでみるとわかります。

兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきをみざるなり
その戦いを用うるや、勝つも久しければ、則ち兵を鈍らし鋭を挫く。城を攻むれば、則ち力屈す。久しく師を曝さば、則ち国用足らず。それ兵を鈍らし鋭を挫き、力を屈し貨をつくさば、則ち諸侯、その弊に乗じて起こらん。智者ありといえども、その後を善くすること能わず。故に兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきをみざるなり。それ兵久しくして国利あるは、いまだこれあらざるなり。故に尽く(ことごとく)用兵の害を知らざれば、則ち尽く用兵の利を知ること能わざるなり。
(作戦篇2)

ざっくり言うと、
短期決戦で成功した例は聞いても、長期戦に持ち込んで成功した例は知らない
ということです。

そうなんです。このメッセージは、「すぐに動け」ではなく「短期勝負でケリをつけろ」なんです。
完全に誤解していた私にとって、これはあらたな発見でした。

しかし、現代はアジャイル!リーン!PDCAじゃなくてDCAP!OODA!と、「走りながら考えるスタイル」がイケてるとされています。やはり時代が変わりすぎて、もう「孫子スタイル」は通用しないのでしょうか?

そんなことはなさそうだぞ、と私は解釈しました。
まず『孫子』でも、準備が大事だし基本が大事だけど、勝つにはそれだけでは足りないと言っています。また、戦はやってみないとわからないことも多いので臨機応変に対応するのが大事、とも言っているのです。

およそ戦いは、正を以って合し、奇を以って勝つ(兵勢篇2)
敵と対峙するときは正規の作戦を採用し、敵を破るときは奇襲作戦を採用する。これが一般的な戦い方である。

故に将、九変の利に通ずれば、兵を用うるを知る。将、九変の利に通ぜざれば、地形を知るといえども、地の利を得ること能わず(九変篇2)
臨機応変の効果に精通している将師だけが、軍を率いる資格がある。これに精通していなければ、たとえ線上の地形を把握していても、地の利を活かすことができない。

正攻法やあるべき姿を知り、準備をするのは大前提。その上で、違うやり方や、地の利を活かす臨機応変さがあって、ようやく勝てると言っています。
これは現代にも通じる気がしますし、逆に「すぐに走り出す」ために、定石や型(フレームワーク)を知っておき、的確に状況判断できることの重要性を説いているようにも思えます。


違う観点からもうひとつ。
そもそも『孫子』が、戦はやらなくてすむならやらない方がいい、というスタンスを取っているのは、それが国民の生死、国家の存亡に直結する重大事だと捉えているからです。

孫子曰く、兵は国の大事にして、死生の地、存亡の道なり。察せざるべからず(始計篇1)
戦争は国家の重大事であって、国民の生死、国家の存亡がかかっている。それゆえ細心な検討を加えなければならない。

だから、細心の準備が必要だし、疲弊しない戦い方、絶対に勝てるときしか戦うなと説いているわけです。

これは逆に言うと、そこまで重大でないことに孫子スタイルを当てはめるのは適切ではない、ということになります。
かつての仕事、特に生産や製造をともなったり、たくさんの人出が必要な仕事をするときであれば、たしかに「孫子スタイル」からの示唆は大きいでしょう。一方で、リソースをほとんど消費しない仕事については、「孫子スタイル」は当てはまらないことが多いはずです。
あなたの仕事が、リソース(ヒトモノカネ)を大量消費するタイプかどうかが、孫子を参考にするかどうかの分かれ目になりますね。


日々の仕事に示唆があるな...と感じた言葉がたくさん

最後に、上記以外の部分で私が「これは示唆深いな...」と感じた言葉を5つピックアップしておきます。皆さんにとっても(私のように)「ニヤリ」とするところがあるでしょうか。


百戦百勝は善の善たるものにあらず(謀攻篇1)
撃破して降伏させるのは次善の策。傷めつけずに降伏させるのが上策。

上兵は謀を伐つ(謀攻篇2)
最高の戦い方は事前に敵の意図を見破ってこれを封じること。次が、敵の同盟関係を分断して孤立させること。第3が戦火を交えること。最低の策が城攻め。

君主が余計な口出しをすれば、軍を危機に追い込む(謀攻篇5)
将軍は君主の補佐役。関係が親密ならうまくいくし、親密でなければ弱体化する。君主が口出しするパターンは3つ。
1. 攻めるべきでないときに攻めよと言い、退くべきでないときに退却を命じる。
2. 内部の実情を知りもしないで、軍政に干渉する。
3. 指揮系統を無視して、軍令に干渉する。

善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり(軍形篇3)
誰にでもそれとわかるような勝ち方は、最善の勝利ではない。世間にもてはやされるような勝ち方も、最善の勝利とは言えない。戦上手は無理なく自然に勝つので、人目につかず、勇敢さを称賛されることもない。

善く戦う者は、これを勢に求めて人に責めず(兵勢篇6)
戦上手は、なによりもまず勢いに乗ることを重視し、ひとりひとりの働きに過度の期待をかけない。それゆえ、全軍の力をひとつにまとめて勢いに乗ることができる。


カタノリとは

『孫子』ほどの古典でなくとも、たいていの人生の悩みや仕事のコツは偉大な先人たちが多くの苦労の末にたどり着いた知恵を残してくれているものです。

現代に生きる私たちは、素手で戦う必要はなく、偉大な先人たちが残してくれた知恵をうまく使っていきたいものです。なにせ、ただでさえ私たちが生きている世界の問題は複雑化している上に、世間のスピードに負けずに、解決していかなくてはならないのですから。

先人の知恵をベースに、自分の置かれた環境で成果を残すことを「巨人の肩の上に乗る」と表現します。

平たく言うと、
使えるものはガンガン使った方がいいよね。すでにわかっていることをイチイチ自分で解くより、それを踏まえて工夫するところに時間を使った方がいいモノができるよね
という考え方です。

アイザック・ニュートンは同じ科学者であるロバート・フックへ当てた手紙の中で、「私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。(If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.)」と書いています。
私たちは巨人の肩の上に乗る小人のようなものだとシャルトルのベルナールはよく言った。私たちが彼らよりもよく、また遠くまでを見ることができるのは、私たち自身に優れた視力があるからでもなく、ほかの優れた身体的特徴があるからでもなく、ただ彼らの巨大さによって私たちが高く引き上げられているからなのだと。
ー イギリスの作家・哲学者 ソールズベリーのヨハネス著「メタロギコン」より

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