藝大受験所感2023

今年も藝大受験のシーズンを終えた。
私自身は今新国立劇場のホフマン物語に関わっており連日稽古の日々を過ごしていた。

藝大受験においては、
去年もテノールの生徒が合格したが、今年もテノールの子が合格してくれた。なんとも嬉しい限りである。

去年の生徒はぶっちゃけた話、春頃からレッスンを見ていたから合格するという確信を確実に持っていた生徒であったし、藝大生となってからのプランニングも考えて後半は指導していた。今も通ってくれているが、本当に良い軌道に乗れていると思う。

しかし今年の生徒は教師としてはかなり心配でもあった。一般的に藝大受験などを決める時期は高2の秋以降か高3の春頃だ。しかし彼が私の所に藝大を受けたいと相談に来たのは10月の中旬、レッスンの本格化は11月になった。
焦るのも当然であった。なぜなら彼は合唱経験だけあったものの、独唱の経験やソルフェージュ教育、ピアノの経験が皆無だったからである。最初は間に合わない可能性もある。浪人覚悟で受験する可能性も視野に入れてねと話していた。
急いで友人のバリトン木村雄太にソルフェージュとピアノレッスンを頼み、私は歌のレッスンに集中した。

発声上の問題も多かった。彼は合唱をしていたので下顎と舌の力みがかなりひどい状況であった。声楽の指導者としてはここで頭を抱えた。合唱の弊害が極めて強く出ている。
僕は口酸っぱく、あなたが合唱を好きなことは理解している。しかし合唱の歌い方は一度忘れろ。合格したいならば全く違う声の出し方を学びなさい。合唱を学ぶ場所ではない独唱を学ぶ所なのだよと。合唱に戻るのはあなたの発声が完成してからにしなさい。テノールはすぐに壊す。だから今は好きでも合唱は我慢しなさい。それは仮に受験合格しても発声安定するまではそうだよ、と。

そしてとにかくスパルタ教育が始まったのである。もう自由曲と課題曲は不完全な声であった時点ですぐに決めた。決め方は僕の耳に頼ったが、今ある音楽性に合わせた。
もちろん間に合わないと踏んで歌えるようになればいいのだけれどと言ったものの、結果として捨て曲の2曲も課題曲に入れることにはなった。

さてまず音はある程度自分で取ってきてもらった。発音はまず発音だけ取り出して一緒に何度も読んだ。イタリア語の響きに慣れさせる目的だった。どうしても高校で英語を習うものだからtなどの発音が英語みたいになってしまう癖がありひたすらできるまで読ませたりした。
日本語の歌については日本語の出し方を一通り理論として教えた。そしてあとは慣れさせた。

それができたらとにかくまずは発声練習をした。
声の癖を取り、支えを理解させるためである。僕も何度も手本として歌い、お腹や喉を触診させた。そしてできるようになるまで何分かけててでも叩き込んだ。
曲を歌う時も一瞬下顎が力んだり、舌の位置が悪くなったら歌うのをやめさせ、指摘した。一曲通すことなんて滅多になかった。できるまでずっとやらせる方式は貫いた。

そんなこんなで受験が近づいた。何度も同じことをひたすら繰り返した。
そして二月になった時に七回レッスンを詰め込み、最後の突貫工事とまとめをした。
受験を想定した一次試験の通し練習と自由曲を細かく作る作業にとりかかった。
一次試験対策は捨て曲を除いた最も本人が当たってほしくない組み合わせの選曲をメインで歌わせた。そして通した後に指摘し、部分練習をさせた。自由曲も同様である。とにかく上手くいかないところをひたすら僕が手本を見せ、触診をさせ、わかるまでやらせた。また和声感やフレーズ感、リズム感も教え、それに乗っかることも教えた。
また本番のピアノ合わせはない、一発勝負だ。だからピアノ伴奏のテンポに頼りすぎず、自分のテンポもある程度示す歌い方も教えた。

そして一次試験前に最後のレッスンをしたが、この時点ではとりあえず不完全な面も否定はできないが、ひとまず傷のない演奏ができるまでにはなった。本人が緊張して上がりすぎなければもしかしたら受かるかもというところまでは持って行けた。やはり支えた声とある程度の音楽的伸びやかさと綺麗な発音ができることは良い評価につながる。テノールの場合だが、hiAなどの高音が出ていなくても合格は可能なのである。

しかし今回は本当に僕も鬼軍曹のようなレッスンをしたので厳しいことも多く言った。「そんな高音を出すなら歌うな。もっと良い高音出すやつはいる。良い高音が出てもないのにアピールをするな」「君が吠えて歌ったところで持ち声の良い奴には勝てん。知的さをもって歌いなさい。」「今のは音楽性がなさすぎる。初心者。そんな演奏はやめてくれ。まず耳から鍛えなさい。」など、相当厳しかったと思う。
しかし彼はめげずに努力してくれた。彼の努力に心から拍手を送りたい。合格おめでとう。ここからの成長に期待しています。







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