見出し画像

【読書録6】杉本貴司「ネット興亡記~敗れざる者たち~」読後感

 以前、テレビ東京の「モーニングサテライト」でやっていたドラマを見ていて、非常に面白かったため、ふと図書館で借りて手に取る。

 何の気なしに軽い気持ちで読み始めるが、冒頭の「はじめに」から本書の熱量に惹き込まれる。

 本書で描くのは、そんな混沌とした時代のうねりのなかで始まった新産業創生の物語である。
 栄光をつかみスポットライトを浴びる者たちを「時代の寵児」ともてはやし、あるいは、「IT長者」や「成金」と心の中でさげすんだ。
 だが、多くの人たちは知らない。そこにあったのは、未開の荒野を切り開く者にしか分からない壮絶なドラマだということを。
 パソコンやスマホの画面の中で毎日のように見かけるサービスは、そんな隠されたストーリーを何も語らない。
 栄光、挫折、裏切り、欲望、志、失望、失敗、そして明日への希望・・・。
 数えきれない感情が交錯するなかで、ある者は去り、ある者は踏みとどまった。
 本書ではインターネットという新産業創世記に隠されたドラマに迫る。


 私にとって、同時代史である。大学時代にWindows 95が発売、初めてPCに触る。社会人になってから携帯電話を手に取る。
ただ、「この本の主人公たちと同時代に生きてきたのか?」、「同じ時代の風景を見てきたか?」と自問すると自分の人生について改めて考えさせられる。

 本書を彩る登場人物たち

 本書の主人公たちは、インターネットやモバイルに魅せられ、紆余曲折を経ながら事業を輿し、その事業の成長の過程のなかで、また新たな試練に出会う。

 一番、興味深かったのが、本書の中で今のインターネットサービスを築いてきた数々の人が登場するが、まだ無名時代に、知り合い、影響を与え合うような濃密な関係を構築しているところ。
著者は、それを「志が志を呼び寄せる磁力を発する」と表現し、幕末の志士に例えている。

 臨場感を持って語られるのは以下のような物語である。

・サーバーエージェント 藤田晋氏の若き日の屈辱
・IIJ鈴木幸一氏の「霞が関との苦闘」
・iモード戦記 サラリーマン達のモバイル革命
・ヤフーと「電脳隊」を中心とした若き革命児たち
・本城慎之介氏を軸に描かれる楽天誕生とその後の成長の苦悩
・livedoor 堀江貴文氏とその仲間たち
・笠原健治氏のミクシイ創業とfacebook,twitterとの闘い
・逆襲のLINEと称される、敗者がつないだ物語、livedoor「残党」の物語
・山田進太郎氏を中心としたメルカリ創業
・宇野康秀氏・熊谷正寿氏の物語、敗れざる者たち

 また複数の話にまたがって、人と人を結び付ける元ヤフーのサトカンこと佐藤完氏(故人)など創業者にとどまらないこ日本のインターネットサービスの勃興に関わった多くの登場人物が、著者の綿密な取材によって躍動する。
 
 登場する人物たちは、それぞれ異なった個性を有する。
いわゆる「ヒルズ族」と聞いてぱっとイメージするようなパーティー好きな人たちはむしろ少なく、純粋にインターネットが好きなギーク達、モバイルの可能性にかけた人、学生の集まりの中で人を束ねる才覚を見出した人、情報革命でひと山あてに来た人など、各々の個性が本書を盛りたてる。 

 以前に、「iモード事件」や「渋谷で働く社長の告白」などを読みかじり、断片的に知っている話もあったが、著者の取材で重層的にこの時代をネット産業という側面から描き切っている。

 信頼・チャーム・ミドルの役割

 考えされられるのは、やはり「人との関係性」の重要性。ITやデジタルという一見、無機質でドライなものを扱うビジネスにおいても、人と関わりは不可欠で、「信頼」こそがすべての基盤であることを改めて思い知らされる。

 そして「信頼」のベースは、安宅和人さんが「シン・ニホン」でいう、人としての「チャーム」だろう。
 また本書で何度も登場するサトカンこと故・佐藤完氏。未来を仕掛ける若者たちを結び付け、応援する。元ライブドアの宮内氏が収監された際に接見し、般若心経を差し入れる話なども印象的である。
その姿は、安宅和人氏が「シン・ニホン」で勝海舟的なロールとしたミドル、マネジメント層の役割の手本だなあと思った。

(安宅和人「シン・ニホン」より、ミドル、マネジメントの役割)
僕を含むミドル、マネジメント層は、いい歳をして坂本龍馬を目指すのではなく、こういう挑戦をサポートし、励まし、金を出し、必要な人をつなぐという、勝海舟的なロールを担うべきだ。

 その佐藤完氏が、57歳で末期がんで亡くなる直前の映像メッセージと亡くなった後のお別れの会でヤフー社長の川邉健太郎氏の弔辞が印象的でその担ってきた役割を語っている。

(亡くなる前に残した映像メッセージ)
「20世紀末に出会いインターネット黎明期をともに過ごした若者たちよ。今まさに君たちの時代が来ている。扉がもう、開くところだ。お前らがやれ。乗り越えろ。挫折してもいい。また立ち上がれ。意志を継いで……、先に進め」

(川邉健太郎氏の弔辞)
「佐藤完とは、インターネットが大好きで、それを担う若者たちの力を誰よりも信じて期待し、献身的な支援を惜しまなかった人です。(中略)我々が未来を創っていきたいと思っています。(中略)見ていてください。我々は必ずやり抜きます」

 著者への感謝

 さて 著者は、「おわりに」で、この仕事に取り組むにあたって、大いに刺激を受けた作品としてNHKドキュメンタリー「未解決事件」と清武英利氏の「しんがり」をあげている。私も二つの作品とも大好きであるが、本書は、その2つの作品に勝るとも劣らない、熱量、面白さ、時代的な意義があると感じさせられる。
 この物語は、今も続いている。むしろこれからが本番なのかもしれない。

 この時代に自分は何をするのか?そんなことも考えた。本書の熱量の影響か・・・。


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?