【読書録61】「公正な移行」による気候危機からの脱却~N・チョムスキー、R・ポーリン「気候危機とグローバル・グリーンニューディール」を読んで~
手に取ったきっかけ
地球温暖化や気候変動の問題について、もう少し知りたいと思って手に取る。この問題は、非常に大きな政治的な争点になっている問題でもあり、本書でも米・共和党や新自由主義など相反する考え方を持っている人に対する感情的ともいえる批判が目につく。
著者は、著名な言語学者であるノーム・チョムスキー氏とオバマ政権のエネルギー省でアメリカ復興・再投資法のグリーン投資分野の政策顧問を務めたロバ―ト・ポーリン氏。
前述の通り、考え方が異なる相手への感情的ともいえる批判には共感できなかったが、気候危機に対して、有効な対策を取るべきであるという主張、またグローバル・グリーン・ニューディールこそ、地球平均気温の継続的上昇がもたらす悲惨な影響を回避するための現実的な解決策であるという方向性については説得力のあるものであった。
とりわけ「公正な移行」というポリシーや原発に対する考え方、また「脱成長」や「気候関連地球工学技術」による解決など極端に方向性を振らずに構想している点には共感が持てた。
グリーン・ニューディールに構想に組み込むべき4つの項目
グローバル・グリーン・ニューディールとは何か?
著者は、以下の4つの項目を組み込んだ構想であるといい、この4つの原理に基づくグローバル・グリーン・ニューディールこそ、地球平均気温の継続的上昇がもたらす悲惨な影響を回避するための現実的な解決策として唯一のものであるという。
とりわけ、「気候正義」という考え方からするとややもすると、化石燃料産業に生計を頼る労働者や地域社会 は「悪」としてしまうかもしれないが、グローバル・グリーンニューディールでは、「公正な移行」政策をその中核にすえるべき という。
誰も取り残されないクリーン社会への移行という視点は、すばらしい。
気候危機の不確実性
気候変動には、不確実性が伴う。何が起こるのか確定的なことは分からない。IPCCもすべての試算や推計において最大源の不確実性を慎重に考慮しているという。結論を述べるときにいつもレンジや確率を用い、また定期的に評価の内容を大きく変えてきたことも事実であるという。
本書では、IPCCの評価の論調の変遷について振り返るとともに、気候科学者でIPCC著者のレイモンド・ピエールハンバードの「焦燥感を抱くべきです。深刻な状態に陥っているのですから」という警告を紹介する。
一方で、懐疑的な方が一定数いるのも事実であり、気候変動に取り組む上で「保険」という概念を使っているスタンスは納得感ある。
すなわち、気候変動に、不確実性があるのは事実であるが、だからと言って、起こりうる結果を考えると、一定の額を投資するのが妥当であるという考え方である。
本書では、隕石が10年後に5%の確率で地球に衝突する可能性があった場合、隕石の軌道を変えるためにあらゆる手を尽くすであろうという例を挙げている。
たしかに何年もかけて、衝突する確率が5%でなく4%だと分かったところで意味はない。不確実性が高い中、今、行動を起こすべきであるということを腹落ちさせてくれる。
具体的に何に投資するか?また財源は?
では、本書では一体、何にどれくらい投資すべきと主張するのか?
本書では、実施1年目に約2.6兆ドル(286兆円)の投資を、また2024年 ~ 2050年の27年間で総額、約120兆ドル(約1.32京円)、平均約4.5兆ドル(495兆円)が必要であると主張する。
その規模感は、世界GDPの約2.5%である。
初年度を例に、投資分野、財源を以下の通り挙げている。
2018年の世界のクリーンエネルギー投資は、約5,700億ドル(62.7兆円)であり、GDPの約0.7%であったという。
なかなか高いハードルであるが、著者は、アメリカの第二次世界大戦における連邦諸経費が戦前には、GDPの10%であったが、戦中に43%に上がったことを例にあげ、実行は可能と主張する。
現在の世界情勢や今までのCOPの議論を踏まえるとなかなか総てのプレーヤーが参加して実施に移していくのは難しいであろう。
そのような中、指針となりそうなのが、本書で触れられる、気候変動と経済格差をめぐってのマサチュ-セッツ大学のジム・ボイスの言葉である
待った無しの問題に対して、誰がイニシアティブを取っていくのか。明らかであろう。
工業型農業について
この本からの教訓は、その他色々とあるが、私として今まであまり無知だった点と世の中で論点が分かれている点についてのスタンスについていくつか触れていきたい。
まず、私が無知だった点は、「工業型農業」の温暖化への影響である。
25%と大きな影響であり、土壌劣化、砂漠化と淡水資源不足、生物多様性の喪失、病害虫抵抗性、そして水質汚染などの現象も巻き起こしている。
また、以下の4点を気候変動への影響として挙げる。特に、➁畜牛農業による土地利用は、地球上の利用可能な土地の用途として最大であり、牛によるメタン排出は、年間約20億トンと温室効果ガス排出総量の4%とする。
このあたりのファクトに対する理解は、「地球があぶない!地図で見る気候変動の図鑑」を読むことで様々な視点から知ることができた。
原子力発電について
カーボンニュートラルの議論となると、原子力発電の話が重要な論点として上がる。
著者は、原子力発電について、推進派は原子力を支持するにあたって、世界規模での大掛かりな原子力発電所建設に不可避的に伴う根本問題を軽視しているという。
原子力発電にあたり、環境への影響と公衆の安全という2つの分野からしても、放射性廃棄物、使用済み核燃料の貯蔵と発電所の廃炉、政治的安全保障、原子炉溶解(メルトダウン)という点など、原子力発電をめぐるコストは上がっており、「負の学習曲線」を辿っている。一方で、再生可能エネルギーのコストは、ここ10年急激に低下しており、将来的にはさらに大幅なコスト減が期待できるのではないかという。
そして、こう論じる。福島原発事故を経験した日本人の多くにとっても納得感ある主張であろう。
「脱成長」について
また気候変動への対応から、「脱成長」を主張する声もあるが、著者らは脱成長に対して、脱成長からは、安定的な枠組みはおそかそれに順ずるものすら得られない。
世界のCO2排出量はこの先30年以内に現在の330億トンからゼロへと減少する必要があるが、脱成長的アプローチにより、世界GDPが30年間で10%縮小させるとすると、2007年~2009年の金融危機や大不況によるGDP減少の4倍の減少が必要である。
GDPの減少は、大きな雇用喪失や生活水準低下を引き起こすという主張は、非常に納得感高い。
また日本を例に出し、日本は、この30年近く成長なしでもCO2排出量は、わずか値しか減少していないという点を指摘している。
また、著者らは、脱成長に懐疑的な一方で、炭素回収技術に対しても懐疑的である。
そして、排出量を削減する上で雇用や所得の劇的な縮小を必要としない唯一の気候安定化政策は、グリーンニューディールであると結論付ける。
最後に
脱成長や炭素回収技術に対する懐疑性やグリーン・ニューディールの必要性については、理解できた。一方で、グリーン・ニューディールも現実の世界情勢や各国の政治プロセスを考えるとかなり山が高い。
とはいえ、喫緊の課題であることは間違いない。気候変動に対しては、重要で不確実性が高い問題だからこそ過激になりがちである。
まずは、目をそらさず、必要な知識をアップデートして行くとともに様々な主張の内容を吟味していきたい。今回書いたことに対しても1年後位にはまったく違う考えになっているかもしれない。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?