見出し画像

【読書録66】社会の発展は人間の『志』と『行動』から始まる~名和高司「シュンペーター」を読んで~

名和高司 x シュンペーター

 
 私は、著者の名和高司氏の大ファンである。
「コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法」を読んで以来、その圧倒的な情報整理力、視座の高さ、俯瞰力、多くの企業実例やウィットに富んだ言葉の選び方などに強く惹かれ、「企業変革の教科書」「経営改革大全」「稲盛と永守」など多くの著作に接し、新作が出るたびにワクワクさせられている。

 一方で、経済古典に関しても、竹中平蔵「経済古典は役に立つ」を読んで以来、機会を作って読みたいなあと考えていた。

 とりわけシュンペーターについては、イノベーション論の祖という位置づけでもっとその思想を知りたいと思っていた。

 そんなところに、あの名和さんが、シュンペーターについて書いた本書が出版された。
 
 名和さんならではの切り口で、シュンペーターの経済思想について知ることができて大変刺激を受けた。

経済発展の源は個人の「志」

 
 経済学と言えば、その始祖とも言われる、アダム・スミスの「神の見えざる手」が最初に思い浮かぶ。
 ここには、受動的で静的な、そして均衡調和的な構造の中で人間が活動しているというニュアンスもある。それに対してシュンペーターの思想のエッセンスとして、著者はこう言う。

外部環境ではなく、内発的なイノベーションが経済と社会の進化をもたらし続ける

P.55

 シュンペーターは、常識とされていたこれまでの経済理論は、机上の空論に過ぎないと断じます。そして、創造的な力によって均衡が破られることにこそ、経済発展の本質があるとしたのです。 

P.78

シュンペーターそして著者の人間を中心に置いた経済・社会の捉え方には、非常に惹かれるものがある。

 著者は、それを、「あんたが主役」「受け身から主体性へのシフト」と表現する。

 人間には、「慣性の法則」が働くが、その慣性の法則を破って自分の信じる道を切り開く「行動の人」

 そんな「行動の人」こそ、創造性を発揮し、イノベーションを実践するアントレプレナーだと唱える。

シュンペーターは、外部環境にとらわれるな、と説きました。自分たちの内発的な思いこそが、イノベーションの起点となる、という。
アントレプレナーは、「観察の人」から「行動の人」にならなければならない。その時のパワーの源泉は、自らの志(パーパス)と情熱(パッション)なのです。

P.41

アイデアはただのゴミ


 では、イノベーションとは何か?

 イノベーションは、その日本語訳が「新結合」であるように「ゼロからの創造」ではないとシュンペーターは説く。

ゼロから新たな物を生み出す発明家ではなく、無数の可能性の中から「筋のよいもの」を組み合わせて実際の社会活動に実装する事こそが、イノベーションの実践者であるアントレプレナーの役割であるという。

 冨山和彦氏は、イノベーションを「パクリとパクリの掛け算」と言う。
著者は、「アイデアはただのゴミ」と切り捨て、スケールすることの重要性を説く。

 スケールするためには、「汝の足もとを掘れ、そこに泉湧く」(ニーチェ)の精神で強みを軸に新しい鉱脈を掘り当てることが重要とする。

 シュンペーターのイノベーション論は、「革命」ではなく、「進化」「発展」を基調とする。
「破壊」も重要であるが、より重要なのは、「組み換え」とする主張は、かつての栄光から衰退に瀕して、自信を無くしている日本企業にとっても受け入れやすくあるのではないだろうか。

時代の波を読む

 
 シュンペーターというと、新結合という言葉を筆頭にイノベーション論が有名であるが、不勉強で「景気循環論」については、その内容を本書を読むまであまり知らなかった。

 「景気循環論」もシュンペーターらしい理論だと思いながら読み進めた。
 
 経済は、好景気と不景気を繰り返す。たしかに在庫や設備投資のサイクルなどは、シュンペーター以前から良く知られたことである。シュンペーターの独自性は、イノベーションを景気循環の主軸に置くことであろう。
 
 イノベーションにより、社会全体の経済活動が活性化され、好景気となり、逆に、好景気になると「均衡」や「安定」求める人々の特性から停滞し、不景気となる。

 このように、好景気と不景気を繰り返ながら「発展」していくという思想である。

 経済は拡大と縮退を繰り返しながら、長い時間軸の中では成長を続ける。

この循環しながら発展・成長するという考え方。

 元に戻るのではなく、イノベーションによって、行ったり来たりしながらも発展していくという考え方は、なんとも人間の可能性を感じさせる、明るい考え方ではないだろうか。

 翻って、現在の日本。イノベーションを基調とした景気循環から目を背け、金融緩和と財政支出に頼りきり長期停滞から抜けられない状況である。そんな現在日本にシュンペーターの思想はよく刺さる。

 「不況のときには、リストラを、好況のときには設備投資を」という考え方ではなく、時代の流れを読む「魚の目」で未来を先読みし逆目の手をうつというのは、多くの日本企業にとって今こそ重要な視点である。

今こそシュンペーターを

 
 このように著者が、今こそ必要な経済思想として、シュンペーターを取り上げた事は、非常に腹落ちができる。

 シュンペーターの思想の肩に乗って著者が語る、以下のような現在日本への数々の警句は、大いに刺激になる。

・リスクを避けて現状を維持することが、最大のリスク (P.104)
・利他的なことにイノベーションの力を注げば、限界を突破することができる(P.31)
・「中期計画」には最も意味がない(P.224)
・計画は必要ない、必要なのは短期と長期を見る目(P.277)
・流れは読みだけでは意味がない、「打って出られる」決断力が大切(P.280)
・「高齢化」など課題があるということは、大きな成長機会があるということ(P.364)

そのような名和節の中で、一番重要なものは何か?

「あなたの志はなんですか?」

吉田松陰の言葉として紹介するこの言葉こそ、いま一番求められるだろう。

そして、行動。

行動からしか、均衡、停滞から脱することはできない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?