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JリーグにおけるVARの現状

皆さんこんにちは。家本です。

2月18日に開催されたJ1リーグ 広島 vs 札幌戦の74分に起きた「得点か否か」について、日本サッカー協会(JFA)審判委員会の扇谷委員長が臨時のメディアブリーフィングを行い、「本来であれば得点を認めるべき、ゴールインとすべき事象だった」とコメントされました。

JFA審判委員会の迅速な対応は、「透明性」という点で素晴らしいと思いますし、誠実で真摯な対応だと思いました。

一方、「公式コメント」が世に出たことで担当審判たちが攻撃され、その家族にまで被害が及ばないか心配でなりません。

そういった中、僕に何かできることはないかと考えたときに、「JリーグにおけるVARの現状」を皆さんにお伝えすることで、VARならびにAVARの大変さ、難しさ、もどかしさを少しでもご理解いただけるのではないかと思いました。ひとりでも多くの方にこの思いが伝われば幸いです。

VAR、AVARが試合前にやっていること

まず、VAR採用試合では、試合前に音声と映像の確認を行っています。具体的には、試合開始の90分前に審判団とマッチコミッショナーとホーム運営担当を含めた数名のスタッフで「フィールドチェック」を行います。そのときに、現場の4人のマッチオフィシャル(主審、副審1、副審2、第4の審判員)と2人のビデオマッチオフィシャル(VAR、AVAR)間で、通信(無線)システムに問題がないか、非常用のトランシーバーに問題がないか、カメラとモニター(中継映像用とVAR/AVARの作業用)に問題がないかを確認しています。

意外かもしれませんが、テクノロジーにも "機嫌の良し悪し" があって、会場によって、天候によって、タイミングによって映像が映る映らない、音声が聞こえる聞こえない、映像の解像度が高い低い、といったことが起こります。

レフェリーチームがフィールドチェック時に特に重きをおいているのは、「現場とビデオオペレーションルーム間でコミュニケーションがとれるか」と「ゴールラインカメラの映像がはっきり見えるか」です。

ボールがゴールラインを超えた、超えていない問題(得点か否か)は、選手、チーム、クラブ、サポーター、支援企業等にとっては "死活問題" なので、レフェリーチームもそのことを十分に理解した上で、毎試合、毎会場、ゴールラインカメラの状態や作業用モニターに時間をかけて丁寧かつ確実に確認しています。

確認しているものは、主に次のようなことです。

1.クロスバーとゴールラインがズレることなくしっかりと重なっているか
2.ゴールポストの間とクロスバーの下でボールの全体がゴールラインを越えるのをどれくらい正確に確認できるか
3.主審がOFR(オン・フィールド・レビュー)時に確認するモニターに映像がちゃんと映し出されるか
4.無線通信システムを使って現場とビデオオペレーションルーム間でコミュニケーションがとれるか
5.非常用のトランシーバーは問題なく使えるか

「そんなの当たり前じゃん!」「毎回やっているんだからいちいちチェックしなくても問題ないだろ!」という声が聞こえてきますが、実は同じ会場でも微妙に "毎回違う" というのが僕が経験した感想です。

上の1でいうと、たとえばW杯@カタール大会の「三笘の1mm」でよく使われる写真がありますよね。あれ、事実がとても鮮明に写っていますが、VAR的にいうと "事実確認の参考にできない" ものです。理由は、クロスバーとゴールラインが全く重なっていない写真だからです。VAR的には、重なっていない=不正確な事実、重なっている=正確な事実なのです。人間の目は意外と "情報を歪めて解釈" します。たとえば「だまし絵」とかがその代表例です。ですので、クロスバーとゴールラインがしっかり重なっているかどうかを審判団は毎回チェックして、"少しでも" ずれているなら、運営担当を通じて試合開始までにカメラの設置位置を修正してもらいます。僕は2021年に20数回VARを担当しましたが、20数回中少なくとも3〜4回はカメラ位置を修正してもらいました。他会場でも同じことがあったと聞いています。指定されたカメラの設置位置は毎回同じはずなのですが、人が設置することなので毎回同じにはならないのかもしれません。

3、4、5は問題ないことが多いので(それでも試合中に突如として問題発生ということは度々起きています)、割愛します。

現VARシステムの真実

次に2でいうと、僕には原因がよくわからないのですが、同じ機材を使っているにも関わらず、会場や状況によって "モニターに映し出される事実" が正確に捉えられないことがある、ということです。

何が言いたいかというと、たとえば「Aスタジアム」で、ゴールの枠内のゴールラインから "1cmゴールに入った状態" でボールを置くとします。皆さんの感覚では「1cmも入っているんだから、当然VARはこれを見てゴールというに "決まっている" 」というものでしょう。

競技規則第10条 「試合結果の決定」のところには、次のように記されています。

ゴールポストの間とクロスバーの下でボールの全体がゴールラインを越えたとき、ゴールにボールを入れたチームが反則を行っていなければ、1 得点となる。

日本サッカー協会 競技規則より抜粋

要は、1mmでもゴールの枠内にあるゴールラインを超えていれば得点、ということです。ここは "当たり前" の話ですよね。

僕もVARの研修を受ける前は「VARは映像で1mmをチェックするんだ。重責だな。ちゃんと判断できるかな」と不安な気持ちでいっぱいでした。ところが、講師から「映像というのは、画質(画素)の関係で "事実を正確に把握できない" 場合もある。もし『はっきりとした 明白な間違い』と言い切れない映像を確認したなら、現場の判断をフォローするように」という話を聞いたとき、驚きつつも理解と納得したことを覚えています。

「ボールの全体がゴールラインを超えているかどうか」を確認する場合、引いた映像ではわからないことも多いので、VAR用の作業モニターを "ピンチアウト" (画面をアップにする行為)して事実確認を行います。このとき、アップにすればするほど、画像が "荒れて" 見え辛く(わかりにくく)なります。これは皆さんもPCやスマホなどで経験したことがあると思います。

話を戻します。では、Jリーグの現場ではどれくらいボールがゴールラインを超えたら「はっきりとラインを超えた」と認識できるのかというと、会場や状況によって "バラバラ" というのが実情です。僕の経験でいうと、指1本(約2cm)というのが最小単位で、指3本分を超えても「入っているかどうか、100%の確信が持てない(はっきりと認識できない)」場合もあります。

「なぜそういう事が起こるのか」と関係者に聞いたところ、①撮影カメラの画素数の問題、②VARとAVARが使用している作業用モニターの画素数の問題(僕がジャッジリプレイで話したのはこの部分)、③それらをつないでいるシステムの問題、そして④撮影時の外部環境(天候やライトなど)の問題という話を聞きました。ですので、いくら4Kや8Kのカメラを使って撮影しても、それを処理するシステムや手元のモニターがその情報を処理できなければ画質は落ちるので、映像は「ぼやけてみえる=わかりにくくなる」ということです。

④に関して言うと、フットボールは小雨や霧雨、靄がかかった中で試合をすることがあります。その場合、白がかってはっきりと見えない、ぼやけてよくわからないということがあります。僕も現役時代、その状況を実際に経験(その時は主審でした)しました。一緒に組んだVARとAVARは、「お願いだから何も起きないで」と思いながら試合をモニタリングしていたそうです。また、こういう天候の場合、状況によってはオフサイドラインが引けないこともあります(これも経験しました)。理由は、雨や霧によってVARシステムがゴールラインやセンターラインを認識できなくなるからです。あるいは昼間の開催と夜の開催もあります。太陽光とライトで見え方は変わりますし、季節によっても変わります。フットボールは基本的に室外でやることが多いので、同じ条件でやれないという難しさはあります。

今回の広島v札幌のケース。「映像を静止画で判断せずにループさせれば、ボールがゴールラインを割ったことは確認できた(芝の緑がボールとゴールラインの間で確認できた)」と扇谷委員長はコメントされました。僕も同じ方法で、解像度の高い自分のPCを使ってようやく緑色を確認できたので、DAZNの番組内でそう発言しました。ですが、僕は実際にあの現場にいたわけではありませんし、VAR用のモニターを使ってあのシーンを確認したわけではありません。使用環境が僕とVAR・AVARでは全く違うので、僕のやり方はある意味 "ずるい" と思っています。

そして正直に言うと、自分のPCを使ってもボールとゴールラインの間の緑色(芝の色)が "鮮明に見えた" わけではなく、やや "白がかって見えた" というのが本音です。これは事実に加え、人の感覚(認識)が大きく影響するので「俺は緑色が鮮明に見えた」「私ははっきりと緑色が見えたと自信を持って言える」という方がおられても不思議ではないです。

VAR経験者として推測するに、あのとき現場では「緑色が "はっきりと見えた" と確信が持てない。なぜなら、ボールの白色がゴールラインとゴールポストの白色に重なっているように見えるから。だけど入っているようにも感じる」と相当ドキドキしながら事象をチェックしていたと思います。

なぜ「ボールがゴールラインを超えた」という確信をもつことができなかったかというと、扇谷委員長が言うように、コマ送りやスロー動画をループさせて事象を確認したのではなく、静止画で確認したことで "ぼやけ" に意識が向いてしまい、確信が持てなくなってしまったのでしょう。その結果、VARシステムの基本的な考え方が「はっきりと 明白な間違い」と言えないものは "現場の判断をフォローする" となっているので、確信がもてないことを根拠に、現場の判断をフォロー = NO GOALと判断したのだと推測します。

なぜ主審に映像を確認させなかったのか

ここを理解されていない方が一定数おられるようなので解説しますね。VARシステムの活用は大きく二種類に分かれます。

ひとつは「事実のみ」を確認する場合(たとえば、オフサイドの出ているor出ていない、得点の入っているor入っていない)、もうひとつは「事実 + 解釈」が求められる場合(たとえば、相手をホールドしたと言えるかどうか、など)の違いによって、VARの判断だけで終わる場合(オンリー・レビュー)と主審に映像を確認してもらう場合(オンフィールド・レビュー)に分かれます。これは主審の好みや考えで決まるのではなく、競技規則に定められている "決まり事 "です。

今回の事象は「入ったかどうか」という事実の確認だけなので、主審に確認してもらう、あるいは確認させる必要はなく、VARもしくはAVARの確認だけで最終決定となることをご理解いただけたらと思います。

解決策はあるのか

では、「二度と同じミスを起こさないためには、どうすればいいのか」という話を軽くして、今回の話を閉じようと思います。

考えられる策は(現実的に可能かどうかは一旦横におく)、

1.資金調達
2.代替テクノロジーの導入
3.機材およびシステムの性能向上
4.機材の増加
5.人材の確保
6.教育プログラムの再設計と実施
7.VAR担当の教育とフォローアップ
8.人事制度の見直し
9.J1担当審判全員のプロ化

といったことがあげられます。

野々村チェアマンは、「GLT(ゴールライン・テクノロジー)には10億円が必要」とコメントされました。すぐに、簡単に、どうにかなる金額ではありません。これだけの資金をどこから、どうやって調達するのか。あるいは、J1を優遇する施策がJリーグにとって、日本サッカー界にとって、選手や応援する方達にとって本当にベストなのか。J2やJ3にVARを導入する方が先ではないのか。そのあたりのバランスはどうするのか。GLTは現状スタジアム環境の問題から全てのJ1スタジアムに導入できないがそこはどうするのか。このように議論する、あるいは解決すべき問題は山積みで、いずれも簡単には解決できないものばかりです。

今回の件で、たくさんの方が傷つかれたと思います。元Jクラブスタッフ、そして元J担当審判として、関わった皆さんの心の痛みはとてもよくわかります。

真剣にやっていれば、「わざとミスしよう」「ミスして迷惑かけてやろう」なんて誰も思わないことは皆さんわかっています。自分のミスによって周りが嫌な気持ちになることも、迷惑をかけることも皆さんわかっています。そのことでミスした自分を責め、ずっと苦しむことも皆さんわかっています。

今回の件で担当審判や組織を批判しても、ミスした審判から罰金を取ったとしても、担当を外したとしてもこの問題が解決しないこと、この件含め "審判のミスがゼロにならない "ことも皆さんわかっています。

逆にそんなことをすると、「審判をやりたいと思う人」は今以上にいなくなってしまいます。現に、世界中で審判の担い手が激減していて、試合を開催できない国や地域が出てきています。

ですので、人間は誰でも(僕もあなたも選手も)多かれ少なかれ "必ずミスをする" 、人間が関わる以上 "ミスから逃れることはできない "という真実をしっかり抑えた上で、ミスした者を攻撃することに労力を使うのではなく、ミスは起きることを前提に「どうすればミスを最小化できるのか」「どうやって能力を向上させるのか」「今できることは何か」「何を優先して投資するのか」といったことを皆で知恵を出し合いながら、"誰もが楽しめる" フットボール環境をつくる、そういう環境をJリーグで、日本サッカー界全体でつくっていけるように、すべてのリソースとエネルギーを注ぐほうが建設的だと僕は思います。

皆さんはどう思いますか?

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