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日本一嫌われた審判が、美しきフットボールを実現するまで 【vol.7】

シーズン終盤(11月)

最終節まで残すところあと一ヶ月となるこの時期は、チームにとっても、選手にとっても、とても "大事な時期" だ。

チーム的には、リーグ優勝やACL出場権の獲得を手にできるかどうか、あるいは残留か降格かがいよいよ目前に迫った "夜も眠れなくなる時期" であり、選手的にはチームの成績に加え、結果を出すこと、契約を更新すること、給料アップ、より高いレベルへの移籍など、いろんな思いがチラつきはじめる時期でもある。

この時期の試合は、そういう "複雑かつデリケートな時期" だということをしっかりと理解したうえで選手と向き合い、試合をうまく導くことが審判には求められる。

「選手やチームの内情は審判には関係ない」あるいは「審判がそういう事情を気にしながら試合に臨むのは間違っている」という人もいる。

もちろんそれを意識して判定を変えろとか、判定に反映させろというつもりは微塵もない。それは "絶対にやってはダメなこと" だから。

僕が言いたいのは、この時期は選手やチームスタッフやクラブ関係者やファン・サポーターの方の心情や状況というのは、シーズンの中で "最も難しい状態" にあるということを理解して、選手への接し方も、危機察知の感度も、試合のハンドリングも、シーズン開幕の頃や夏場の頃と同じにせずにより真摯に、より丁寧に、より誠実にした方が試合はより良いものになりやすい、ということだ。

もちろん僕の考えが全てではないし、正しいかどうもかわからない。

だけど相手の背景や心情を無視せずちゃんと向き合い、受け止め、大切にし、その思いを言葉や態度で表現できれば、相手には必ず届くし、周りの人にも伝わると思う。


この時期に大事なことは、判定の正確さやポジショニングや毅然さといった審判としての "テクニカルなこと" 以上に、愛情や温もり、配慮や思いやりといった "人としてのあり方" だということを我々審判は忘れてはいけない。


2021.11.01. 卒業発表日

今日の夕方、JFAから "審判 家本政明" が今シーズンをもって卒業することを発表していただいた。

シーズンが終わる前に引退発表をする選手はこれまでにもたくさんいたけど、審判がシーズン中に "卒業を発表" したことは、日本ではこれまで一度もない。

今までは、どんなに素晴らしい功績を残したレフェリーであっても、引退することを誰かに知られることはなく、シーズンを終えて、ただ静かに去っていかれるばかりだった。

それが "あたりまえ" だったし、審判とは "そういうもの" というのが審判界の、もっといえば、日本サッカー界の "常識" だった。

僕はそういう先輩たちの後ろ姿を見ていてすごくさみしかったし、いつも胸が締め付けられる思いだった。

かたやフットボール文化が成熟しているヨーロッパなどでは、その国のトップクラスのレフェリーが引退するときには、組織がそのことをシーズン中にオープンにして、審判関係者だけでなく、審判関係以外の方もそのレフェリーの功績や労をねぎらう機会をちゃんともうけて、 "皆でその方を讃えるのが常識" だった。

それは、そういった国や地域では、審判も「フットボールファミリーの一員」という価値観がしっかりと根付いているからだ。

僕は審判に対する "日本サッカー界の常識と価値観" を変えたかった。

変えることで、 "日本のフットボール文化" がより成熟していくし、フットボールに関わる人の心と関係が豊かになると思っているからだ。

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