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炭素ゼロ大陸を掲げる欧州のビジョン実現にむけた「新しいバウハウス」

わたしたちが直面する、最大の困難のひとつが気候危機。2019年の国連の気候アクション・サミットではグレタ・トゥーンベリさんのスピーチが話題になりました。地球環境は危機にある、と大人に向けて行動を強く呼びかけました。その後Fridays for Futuresという小中高生のデモ活動は世界へ波及、大きな影響のひとつとなります。

公共とデザインでも、都市をあげて資源のシェアする取組み民主主義に人間以外のいきものにどう声を与えるか?なども書いてきました。マイバッグやマイボトルを持っていく、プラスチック製品を買わないなど、身近にひとりひとりができることも多くあります。でもそれではままなりません。「人新世の資本論」では企業・個人・行政のSDGs的取組みは"大衆のアヘン"であり小さい取組みに満足することで、その背後にある大きな資本主義の構造や文化経済へのアプローチへの必要性を覆い隠す、と述べられます。

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話は変わり、デザインに携わるものでバウハウスを耳にしたことがない方はいないでしょう。とはいえ、それは近代の象徴でもあり、バウハウスが打ち立てたデザインの思想や基準をいつまでも引きずるわけにもいきません。

今回はEUが掲げる世界初の炭素ゼロ大陸を目指すというラディカルな未来像・欧州グリーンディールと、その実現のための運動体New European Bauhausとはどういうものなのか、それがどのように新しい文化、デザインの思想への架け橋になりうるのかを見ていきます。

2050年までに、世界初の炭素ゼロ大陸を目指す。グリーンディールとは

2019年にEUでは新しい委員長ウルズラ・フォン・デア・ライエンが就任しました。そこで彼女はEUから温室効果ガスの排出をゼロにする、というビジョンを掲げ「欧州グリーンディール」というプロジェクトを打ち出します。

「グリーンディール」と聞くと、アメリカの「グリーン・ニューディール」がイメージされるかもしれません。後者は環境問題に対する公共投資によって雇用や経済成長を促すためのものでした。一方、欧州グリーンディールでは、EUを環境危機に対応するリーダーだと世界に示す意味合いもありつつ、従来の経済成長とは異なる、とても野心的なヴィジョンを打ち出しています。

新しいバウハウスへ。「New European Bauhaus」とはなにか

この欧州グリーンディールにおける問い「どうしたら温室効果ガスをゼロにできるのか?」を実験・実装するひとつの中心運動がNew European Bauhaus。この運動は、持続可能であること、美しくあること、包摂的であることを価値としています。

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画像引用: https://europa.eu/new-european-bauhaus/index_en
次世代のEUが欧州を再構築する波をおこし、循環的な経済におけるリーダーを目指します。しかし、これは単なる環境や経済のプロジェクトではなく、欧州に新しい文化をうみだすためのプロジェクトでなければなりません
ーUrsula Von der Leyen
すでに必要な技術は手元にあり、重要な問題は習慣的な行動や文化、政治、経済のたぐいである。
Bason, C., Conway, R., Hill, D. and Mazzucato, M. (2021). ‘A New Bauhaus for a Green Deal'. p.2

経済ではなく、文化のプロジェクトという強調がなされています。温室効果ガスが出ない製品やサービスにするだけでなく、人々の生活様式や考え方、信念も含めた文化をいかに醸成できるのか。よくある、技術信仰や解決主義ではなく、その背後にあるシステムや世界観をどう考え直していくのか、という包括的なプロジェクトであり、New Bauhausはグリーンディールのための思想と実践の学び舎として位置付けられます。

EU自体が、争いと対立の凄惨な歴史のうえに成り立つユートピア的なプロジェクトだったといえます。しかし、現状の欧州は、イギリスのEU離脱やコロナ禍での各政府の強権発動、政府への信頼感の喪失など、民主主義の危機が叫ばれています。New Bauhausでは、この大きな文脈をふまえてか、"参加"や"共有できる未来"が何度も、強調されます。

グリーンディールの中核に、デザインを

このNew European BauhausはEUの一大プロジェクトですが、バウハウスの名からみて取れるようにデザインや建築、アート、クラフトがその骨格に位置付けられています。一方で、これは近年の専門分化したデザインではなく、本来の領域横断的な「デザイン」を指しています。

New Bauhausの初期構想レポートにも、"デザインと経済が知を交換しあわなければならない。どうしたより持続可能なかたちで経済を回せるのか"という一文が記述されています。なによりもこのレポート自体が、Dan Hill, Christian Bason, Mariana Mazzucato, Rowan Conwayという、デザインや建築、経済学者の混合チームにより執筆・編集されています。

デザイン・アート・建築は、常に新しい世界へのまなざしと実践を生み出し、新たな文化的および政治的な可能性を生み出します。以下は、デザインを中核にすえる3つのポイントです。

1. デザイン、アート、建築の想像力が、グリーンディールに示唆をもたらす、いくつもの多様で複雑な物語を描きかたちづくることで、起こりうる未来を積極的に創造できる。New Bauhausは、意思決定と日常生活の両方で想像力の地位を高める

2. デザインには、組織文化、政策や規制、調達のメカニクス、評価モデル、社会的価値や価値観といった目に見えない「ダークマター」の中で生み出される条件に対応するちからがある。これは官僚主義そのものに対する前衛的な精神を必要とする挑戦である。

3. 曖昧さや不確実性を意図的に保持するためのアートとデザインの能力を利用することは、複雑さや争いから逃れるのではなく、それを受け入れることを確実にする鍵となる
‘A New Bauhaus for a Green Deal'. p. 3

今までの生活を異なる視点で見つめ直すと、まったく新しい可能性が浮かび上がります。これは、想像力の問題でもあるのです。大いなる想像力こそが、世界初の炭素ゼロ大陸を目指すにあたり、必要なのだと説かれています。

そして、想像力のもと浮かび上がる可能性を、現実のあり方につなげていく。それには、政策も評価の仕方も価値観も、ふだん見えていない部分=ダークマターへのアプローチが必要です(参照: 社会システムのDark Matterに対峙するDark Matter Lab)。

さらに、現在から新たな可能世界へと変化していくには、どう進めばいいかもわからない不確実な状態を受け入れないといけません(参照: 変化に適応できる行政へ。未来洞察をもちいたガバナンス)。

デザインは「かたちづくる」ことが基本にあります。プロトタイプとよくいいますが、これは新しい世界への可能性そのものです。捉えどころのない可能性を、日常に接続されたかたちで提示し、多くの人々が共有できる状態にすることで、さらなる議論や視点を促す。New Bauhausはグリーンディールにおける、"プロトタイピングのエンジン"であると語られます。

デザインの思想と実践を再考するプロジェクト

とはいえ、このためには従来語られてきた「デザイン」自体の思想と実践を再想像しなければなりません。New Bauhausはグリーンディールに向けた新しい文化想像のプロジェクトと同時に、デザインの再想像をおこなうプロジェクトと解釈できます。

これを単に「デザイン思考」のようなかたちに可能性を縮減してしまうのではなく、新たな挑戦のためのデザインを、多くの他の声や専門分野の統合的な実践とみなして作り直すことを意味します。協働の重要性や、人間だけじゃなく地球を視座した価値を考えること、そうした価値の評価...。これからのデザイナーが新たに学ぶべき部分が多くあります。

従来のようなデザインの仕事ではありません。デザイナーは、リードするだけでなく、新たに学ぶ必要があります。グリーンディールはデザイナーを"ものづくり"の域を超えたものにしていくことになるのです。
ゆえに、この「再編成」は、目的や政治の定義に市民をどのように巻き込むか(参加型構造)、デザインのための組織的能力をどのように育てるか(組織的・関係的能力)、デザインによって生み出される価値をどのように評価するか(動的で多様な評価)、社会的・環境的価値が公平に分配されるようにするか(人と地球の両方のための包括的な成長)についての理解を深めることが必要です。
Hill, D. & Conway, R. 2021. "Can the New European Bauhaus reorient design to tackle the climate crisis?"

さらに、どのようなデザインの再想像がなされるべきか、をポイントごとに見ていきましょう。このようなデザインのあり方は、現在のデザイン教育を捉え直し再設計することにも繋がらねばなりません。

単一のデザインから、ごちゃまぜのデザインへ

新しいデザイン教育と研究は、経済学、公共政策、組織変革の理論と実践、心理学と社会学、科学と工学、歴史と人文学の先進的な形態にすぐにアクセスできる必要があるのと同様に、この多様性と範囲を捉える必要があります。
‘A New Bauhaus for a Green Deal'. P.3

デザインの営みは"専門領域としてのデザイン"に閉じず、先に述べたような領域横断的な専門性をまたぐ必要があります。これはヴィクター・パパネックが提唱していた"最小限のデザインチーム"も参考になるでしょう。デザイナー・人類学・フィルムメイキング・心理学・生態学などがひとつのチームの最小構成として位置付けられています。

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画像引用: https://orgdesignfordesignorgs.com/2017/03/30/the-minimal-design-team-according-to-victor-papanek/

■閉じたデザインから、深い参加と協働を前提とした運動体へ

ひとつの専門領域に閉じないことに加え、公共へと開かれていくことも非常に強調されています。

古きバウハウスのように閉ざされたアカデミーを裏返して、ヨーロッパの競技場やアゴラ=公的な言論空間、に放り込んだらどうなるだろうか?このプロジェクトは、もう一つのイノベーション・ショーケースの袋小路になることは許されない。
 ‘A New Bauhaus for a Green Deal'. P.7

欧州グリーンディールというミッションは、炭素ゼロのために生活に大きな変化を必要とするものです。そのためこれには生活者の深い参加がとても重要になります。トップダウン的に、つくられた"かたち"を押し付けるのではなく、公的な空間で言論を交わし合いながらつくられていくように民主主義の回復にもつながります。とはいえ、これは安易に合意形成をするわけではなく、しっかりと論争を促して、適切に意見を戦わせることも重要です。

デザインやアートは「経験や可能性の想像」や「未来の示唆」を"かたち"にすることから、言論を促して意義ある対立や洞察をうみだすことができます。この性質こそが、深い参加と協働に大きな役割をはたします。

■再生、修復、再構築という、新しい物語を

20世紀は、貧困からの脱却を図るために、あるいは戦時中の廃墟や開発の誤ったステップから新しい町や都市を創造するために、コンクリートを流し込んで新たに建設するという物語であった。その結果、ヨーロッパの多くの国では、2050年の建物の80%がすでに建設されており、これらのヨーロッパの既存の建物の約97%は改修が必要になる。
‘A New Bauhaus for a Green Deal'. P.6

デザインの仕事に携わっていると、新しいなにかをつくることに駆られている世界の風潮を感じます。根底にあるのは、もっと成長を、もっと前進を、という近代の進歩主義と無限の経済成長という幻想なのかもしれません。必要なものはすでにこの手の中にあることを出発点に置き直すこと、この手にあるものを治し、新しい意味を施すことが求められます。ケアとメンテナンスを前提とした新しい論理を開発し、必要かつ望ましい場合にのみ新たに建築する、これを新しい物語として紡がないといけません。

■再想像をするための問いからはじめる

私たちのより根本的な疑問は、実際には政治、文化、行動、価値に関係しています。問うべきは「この屋根はスレートかナノセルロースで作られるべきか」ではありません。「家とは何か」「世代間で公正なコミュニティでの暮らしとは何か」「誰が決めるのか」...「この暮らし方は意味があるのか、美しいのか、公平なのか」という問いから始めねばなりません。
‘A New Bauhaus for a Green Deal'. P.9

プロジェクトを通じて、問うべきはなにか。現状のものごとを批評的にみつめ、異なる可能性を想像するためには、鋭い問いが求められます。よくデザイン思考ではHow might weなどいいますが、それ以前にWHATの問い、WHYの問いが重要になります。

この問いの設定自体が、重要なデザインプロセスであり、さらには多くの人々の参加と協働が求められる部分になります。「家とは何か」に対して、建築家からまなぶこともあれば、歴史学者から、人類学者から、生活者からまなぶこと、それぞれおおいにあるはずです。

具体的にどう進めるのか?

新たなデザインの思想や、欧州グリーンディールのミッションから、New European Bauhausの輪郭は多少みえてきました。では、その輪郭をさらに磨き上げ、どうかたちづくっていくのでしょう。具体的には協働のデザイン・実験・スケール化という3つのステップが述べられています。

1. 協働のデザイン

まず、The New European Bauhausの原則を照らせるような現代のプロジェクト事例をあつめ、統合していくことからこの新しい運動体をかたちづくります。これらはwebサイト上から誰でも投稿できるようになっているようです。

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画像引用: https://collector.sensemaker-suite.com/?projectID=97b9d76e-c943-4489-bee5-3e15b62cf4a9#Collector

基本的なプロジェクト情報のみならず、New European Bauhasuの3つのバリューに照らしたり、経済・自然環境などどのような視点でオルタナティヴなあり方が示されているか、など事例を位置付ける項目も投稿時にみうけられます。

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画像引用: https://collector.sensemaker-suite.com/?projectID=97b9d76e-c943-4489-bee5-3e15b62cf4a9#Collector

また、専門家や思想家、実践者などへのインタビューも実施することで、The New European Bauhausがどのように美しく、持続可能で、世代をもまたいだ包摂的な空間を生み出し、流れを加速させられるかを明らかにする。このステップで得られた知見は、EUプログラムのフレームワークおよび、実験プロジェクトの募集のために活用されます。

協働のデザイン、と冠していますがおそらくは、具体的なソリューションというよりNew European Bauhausの輪郭自体を協働でつくる、という意味合いが込められているのでしょう。

2.実験 & 3.スケール化

次に、The New European Bauhausの実験を立ち上げ、初期の実験で得られた知見は、プロジェクトに関わるコミュニティに対して共有され、全体知へとつながります。

また実験により、生み出されてきたプロトタイプやスケール可能な方法論をことなる都市や場所、デザインに利用できるように、その後、知をネットワーク化し共有することが考えられています。

おわりに

公共とデザインを始めてから、数々の事例を取り上げてきましたが、規模という意味では間違いなく最大レベルのプロジェクトでした。New European Bauhausはまだ生まれて間もない運動体ですが、国家をまたぐ野心的なビジョンであるグリーンディールへの希望だとまで、EUの委員長は述べています。理想主義的だと批評されることもあるかもしれませんが、それこそが欧州圏の素晴らしさでもあると思うのです。新しい夢をみることは常にこれまでに見出されてこなかった可能性に目を向けることなのだから。

またそれが絵に描いた餅でおわらないように、おそらくあらゆるデザイン教育機関も、この時代にデザインの学び舎は、どうありうるのか?という問いを突きつけられることでしょう。デザインの実務家は、自らのふるまいや姿勢、どのような問題に向き合うべきなのか?を突きつけられることでしょう。日々を営むすべての生活者も、今の生活を再想像することを焚き付けられるでしょう。環境危機にまつわるプロジェクトはあらゆる関係性、ありかた、実践を考えなおすことが必要です。

問い1. 炭素ゼロにむけて今の生活の仕方、たとえば交通、食事、買い物、エネルギーの使い方、住居...をひとつ変えるとしたら、あなたは何をどう変えますか?
問い2. もしあなたが"専門"としてのデザインに携わるならば、環境危機の時代に、必要なデザインの教育、実践、姿勢...というあり方はどのようなものだと考えますか?

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Reference

Bason, C., Conway, R., Hill, D. and Mazzucato, M. (2021). ‘A New Bauhaus for a Green Deal'. UCL, London.
https://www.ucl.ac.uk/bartlett/public-purpose/publications/2021/jan/new-bauhaus-green-deal

Hill, D. & Conway, R. 2021. "Can the New European Bauhaus reorient design to tackle the climate crisis?"
https://medium.com/iipp-blog/can-the-new-european-bauhaus-reorient-design-to-tackle-the-climate-crisis-e99b045003a2

New European Bauhaus.
https://europa.eu/new-european-bauhaus/index_en

"The Minimal Design Team, according to Victor Papanek". 
https://orgdesignfordesignorgs.com/2017/03/30/the-minimal-design-team-according-to-victor-papanek/

斎藤幸平. 2020. 人新世の「資本論」
https://amzn.to/2OqmRHT

脱炭素と経済成長の両立を図る「欧州グリーンディール」
https://eumag.jp/behind/d0220/

欧州グリーンディールの意志 脱炭素を推進、社会システム変革
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO53854940W9A221C1X12000

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