【喫茶店紹介】純喫茶キラーズ/志を同じくする人に雨宿りを許す傘のような場所
何かの帰りに「まだ時間が早いし、キラーズに寄って帰ろうかな」と思いつくことがある。
そういう日は、人が多い場所に赴いたのに、誰とも打ち解けた会話を交わしていない日だったりする。
以前は、こういう時、自宅近くのバーによく足を運んでいた。
コンサートを見た後、映画を見た後、観劇の後など、何かを考えた日。
誰かに何かを聞いて欲しい時。
家に帰って一日を終える前に、今日思ったことを整理したい時。
キラーズは、純喫茶(お酒を出さない喫茶店)を冠するだけあって、お酒を供さない。
背筋が伸びた美学を持ち、珈琲にもデザートにもこだわった正統派の喫茶店でありながら、喫茶店というよりは、「お酒を出さないバー」みたいなお店だなと納得する。
一人でも過ごせる。
近くの人や、カウンターで働くマスターと会話をすることもできる。
帰宅までにぽっかり空いた時間や、予定のない休日に、誰かと少し話したい時。
または、丁寧に淹れてもらったコーヒーを前に、暫くの一人の時間が欲しい時。
そんな時に、ふと「キラーズに寄って帰ろうかな」と思い出す。
◇
純喫茶キラーズは、都営大江戸線・練馬春日町駅近くにある喫茶店だ。
終点の光が丘の一つ手前の駅である練馬春日町駅に、この店を知るまで私は足を運んだことがなかった。
生活圏外にあるキラーズに、twitterで見かけた名前を頼りに初めて足を運んだのは、急逝したBUCK-TICKの櫻井敦司さんの献花式の日だった。
私は地方から東京に来ていた友人をキラーズに誘った。
「BUCK-TICKを好きな人がやっている喫茶店があるらしくて気が紛れると思うんだけど、行ってみない? コーヒー飲んで帰ろうよ」
友人は知り合った20年前よりもっと前から、人生の背骨とするようにBUCK-TICKを愛してきた人だ。
好きな曲は数あれど、私はBUCK-TICKに詳しくはない。
友人の悲しみを同じ深さで分かってあげられる自信がないからこそ、彼女の悲しみを大切にしてあげられる場所に行きたいと思ったのかもしれない。
友人は優しい人なので、今向かい合うべき感情を押し殺して、私に合わせて笑う気がした。
「いいよ、コーヒー飲んで帰ろう」
快諾してくれた友人と、普段はほとんど乗ることのない大江戸線に乗って、キラーズに向かった。
◇
初めて訪れた時、想像していたより静けさのある美しい場所であることに、(失礼ながら)驚いた。
褐色の壁と、西日の差し込む店内。
十人ほどが座れる長い木製のカウンター。
達筆のメニューに記された多くのコーヒーのバリエーション。
マスターの背後の黒板に書かれた手作りだというケーキや軽食。
落ち着いた内装の店内は、高級なバーにも似ている。
店内には静かなピアノ曲が流れていた。
そこここに飾られた絵と美術品。
カウンターに並ぶ椅子それぞれの背後に数冊ずつ収められた書籍。
一人一人違う美しいカップや皿で供されるコーヒーやデザート。
この場所は、マスターの大切なものを詰めた空間なんだと理解する。
正統派で端正な喫茶店ではある。
だけどそれ以上に、マスターの美意識に作られた空間に共感し安堵する人が足を運んでいるのだと理解する。
友人と私はそれぞれにケーキとコーヒーを頼んで、喪服のまま他愛無い話をして帰った。
「綺麗なお店だったね」
「なんかもっと、BUCK-TICK喫茶なのかと思ってた」
「うん」
◇
その後、私は時折一人でもキラーズを訪れるようになった。
軽食のクロックムッシュを頼んだ際に、添えられていたベビーリーフとオレンジの切り方に、数年前に店主が逝去してしまいなくなってしまった青山学院脇の名喫茶・蔦珈琲店のことを思い出して、マスターに伝えると、
「僕のコーヒーの師匠が、蔦珈琲出身の眞踏さんなんですよ」
という。
眞踏珈琲店は、蔦珈琲店のアルバイトだった眞踏君が独立して出したお店である。
開店直後に数回訪れたことがあったものの、生活圏から遠いためもう何年も足を運べていない。
「ああ、眞踏君の」
「はい、眞踏さんの」
美しい空間だった蔦珈琲店が無くなってしまった時の喪失感を思い出し、あのお店で好きだったルッコラが山盛りにされたクロックムッシュの面影と、今更になって出会えると思っていなかったと嬉しく思った。
Twitterを見ていると、マスターは日替わりで多くの種類のデザートや軽食を仕込んでいるらしい。
レアチーズケーキは、昨今高価なクリームチーズを惜しみなく使っており、本当に濃厚だったことに驚いた覚えがある。
ベイクドチーズケーキは皿に岩塩が添えられ、わずかな塩味がチーズケーキの甘さを引き立てる仕組みが施されている。
テリーヌのようにしっとりしたガトーショコラ。
外側はカリカリ、内側はしっとりしたカスタードのカヌレは持ち帰りにも対応しているらしい。
時折、気まぐれで夜中に焼き菓子を焼いてみることがあるが、簡単なスコーンやパウンドケーキを一台焼いただけで疲れ切ってしまうのに、マスターは毎日こんな量のデザートを一人で閉店後に仕込んでいるのだろうかと驚く。
Twitterを眺めていて、新しいメニューが登場すると、「次の休みに食べに行こうかな」と思うくらいには、私はキラーズのファンである。
◇
キラーズを紹介するにあたり、「ジョジョの奇妙な冒険」もマスターの愛する大きな構成要素として特筆しておいたほうがいいだろう。
毎月変わるポスターアートを店内に掲示しており、これを見るために足を運ぶファンも居るのだという。
マスターの美意識で形作られた世界が「純喫茶キラーズ」であり、
共感・親近感を覚えた人たちが、
この空間で過ごすために足を運ぶファンになる。
端正な店内に、丁寧に用意されたデザートと、
きちんとドリップされる珈琲が迎えてくれるが、
この場所は志を同じくする人の
ひと時の雨宿りを許す大きな傘のような場所だと思う。