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死を恐れずに済む方法〜人が死を恐怖するのはいつから?〜

私は最近大学で"哲学"の授業を学ぶようになりました。
その授業内容がとても面白く、授業で出る問いについて考えるのもめちゃくちゃ楽しいんです。

この面白い内容を、私だけに留めておくのももったいないなぁと思い、授業内で出された問いや課題など、私の考えも交えながらみなさんにおすそ分けしようと思います☺️

今回の授業課題中に出された問いは【人が"死"を恐怖するのはいつからだろうか?】という内容。それと同時に【死を恐れずに済む方法】にも思考が至ったので、それについても今回はみなさんにおすそ分けできたらなぁと思います。

ということで、

【人が"死"を恐怖するのはいつからだろうか?】
【死を恐れずに済む方法】

先にこの二つの結論から書きますね。
詳細やどうしてその考えに至ったのかについてはまた後から説明します。

🎈人が死を恐怖するのはいつから?

それは【"死"という現象を初めて確認した時】
その瞬間から人は死を恐怖するようになる。

🎈死を恐れずに済む方法

それは【自らの人生で"死"という現象を確認できない状況下に身を置くこと】

🎈人が"死"を恐怖するのはいつからだろうか?

ということで、ここからは順に授業で出た印象的な言葉や私の思考をお伝えしていきますね。みなさんも哲学の授業に参加しているような気持ちで一緒に考えて頂くと、より一層楽しめるかもしれません☺️

多くの人は"死"を恐怖するが、【人が"死"を恐怖するのはいつからだろうか?】

授業中ある学生さんはこんな事を言いました。

【人が"死"というものに初めて恐怖を抱くのは、身近な人の"死"だと思います。】
幼い頃、まだ誕生していなかった弟が流れてしまった時は何も思いませんでしたが、曾祖母が亡くなった時には悲しみと恐怖が生まれました。この時初めて"死"について考えるようになりました。

この意見を聞いてなるほどと思いました。
確かに、幼い頃は「死ぬのが怖い」なんて思った事無い。

読者の皆さんはどうでしょう?
みなさんはいつから"死"を恐れるようになりましたか?

私はこの学生さんの意見に賛成しました。が、正確にいうと私はこの意見を聞いた時もう少し拡大解釈したこのような仮説を立ててみました。

【"死"という現象を確認した時、初めて人は"死"に恐怖を抱く】

そして、この仮説を立てた時、"死を恐れずに済む方法"を探る思考に入っていきました。

🎈自らの人生で"死"という現象を確認することがなければ、人は"死"に恐怖を抱くことはない

この仮説がもし正しいとするならば、【自らの人生で"死"という現象を確認することがなければ、人は"死"に恐怖を抱くことはない】ということになりますね?

つまり仮にですが、【自分以外が自分よりも先に壊れたり死んだりすることがない環境下(例:自分以外ロボット)(自分より圧倒的に寿命の長い生物)に人が置かれた場合、その人は死への恐怖を持たずに死ぬ可能性がある】という事です。

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私はこのような思考手順で【自らの人生で"死"という現象を確認できない状況下に身を置くと、人は"死"に対して恐怖を抱くことはないのではないか?】という思考に至ったのですが、皆さんはどう思いますか?

またそこから新たに疑問が湧いてきました☺️

そのような環境下でも、自らの生命の衰えを感じたり、そこから"死"という概念を感じ取り恐怖するのでしょうか?

それとも、長い時間の中で一度もそのようなものを見なかった場合、"死"の恐怖はやはり感じないのでしょうか?

読者の皆さんはどう思いますか?

・・・・・・・

このような感じで、これからしばしば大学の授業で勉強した内容や私の思考をnoteで配信していこうと思います。

哲学はディスカッションも面白いので、是非Twitterで皆さんの意見をツイートしてもらって、その場で議論が盛り上がったら面白いなぁと思ってます☺️

#めありぃと一緒に学ぶ哲学

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次回の更新もお楽しみに〜〜!






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