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第1章 『満洲暴走 隠された構造』


『満洲暴走 隠された構造』(角川新書、2015)の書評文


 本書は、安富さんの原点回帰とも云うべき内容です。もっとも、「あとがき」を読むと、かなりラフなスケッチだと述べていますが。それでもかなりの濃い内容となっています。ご存知のとおり、安富さんの博士論文は「満洲国の金融」です。本書はその内容をより発展させたとも云えるかもしれません。たぶん、普通の学者なら、一節で本や論文を書くと思われます。
 本書の中で、安富さんが議論の前提に据えているのは、「ポジティブ・フィードバック」と云う概念です。私は具体的には知りませんが、おそらく複雑系科学の研究を参照したのだと思います。私が興味深いと思ったのは、安富さんはそれを「縁起」と云う仏教用語で説明してみせたことです。
 安富さんは論語に関してかなり熱心に研究し、影響を受けていると明言されていますが、私は仏教思想からの影響も考えるべきではないかと思いました。
 例えば、主著の『複雑さを生きる』の序章では、宮沢賢治の「春と修羅 序」の冒頭を引用しています。ご存知のとおり、宮沢賢治は法華経の熱心な信者であり、仏教的な世界観を作品に反映させています。
 あるいは、『生きる技法』の「おわりに」で親鸞の「絶対他力」から同書の議論を完成させたと述べています。同書の中でも「縁起」と云う概念を述べています。
 また、私はまだ読んでいませんが、安富さんは共著ですが、親鸞について語っている著作を刊行しています。
 他にも、講義動画ですが、近代を代表する仏教者で浄土真宗の僧侶の清沢満之について語っています。



 もっとも、私は仏教についてはあまりよくわからないので、どれぐらい影響を受けているのかはわかりません。
 なので、もし時間とお金に余裕がありましたら、中島岳志さんが書いた『親鸞と日本主義』と云う著作を読んでみると発見があるかもしれません。ちょうど、同書で扱っている時代がご指定いただいた著書とかぶります。同書は、戦前の右翼や文学者、僧侶が親鸞の思想をもとにして、日本主義的な主張をしていたと云うことを論証しています。安富さんは戦前の日本社会を戦争に突き動かしたのは、「立場主義」と云う思想兼社会システムだと述べていますが、同書では現状を肯定するために、親鸞の思想が援用されたことが述べられています。同書で分析されている思想家の中には、清沢満之の弟子だった人も出てきます。
 同書の著者である中島岳志さんは、同書で分析した戦前の右翼や文学者、僧侶たちは熱心に親鸞の他力思想を受容した結果、日本主義を主張するに至ったと述べています。なお、断っておくと、中島さん自身は教団に属していないものの、親鸞の思想に影響を受けたと明言しており、だからこそ、戦前の失敗から学ぶべきではないかと云う問題意識を持っています。
 あと、私はまだ読んでいませんが、中島さんの著作から影響を受けたかたちで、刊行された論文集で、『近代の仏教思想と日本主義』と云うのがあります。論文を書かれた方たちの対談動画がYoutubeに上がっていますので、そちらを参照されるのもいいかもしれません。



 なので、私は安富さんの思想への理解を深めようと考えましたら、思想や立場では間逆な戦前の右翼の思想との比較をすべきなのではないかと思ったりました。



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