ピーター・スワンソン『時計仕掛けの恋人』よむよむ
体調を崩している間に読んだピータースワンソンがめちゃくちゃ面白かった。これまで九冊のミステリ本を出版していて、そのうち六冊は邦訳版が刊行されている。邦訳があるものは日本語で、そうじゃないものは原書に挑戦してみたけれど、どちらもおもしろい。話しの運びも良いのだけどとにかくディティールが最高だと思う。
2作目の『そしてミランダを殺す』で有名な作者だが、デビュー作はThe Girl with a Clock for a Heart で、邦訳版は『時計仕掛けの恋人』棚橋志行(たなはししこう)訳でヴィレッジブックスから2014年に初版が発行されてその後ハーパーコリンズから2022年に再版が出版されている。
タイトルのThe Girl with a Clock for a Heart 直訳すると、心臓に時計のある少女、ってことになるだろうか。つまり、生きるのに時間制限のある少女、あるいは、時限爆弾を抱えているように人生を送っている少女という意味になると思う。時計仕掛けの、という邦訳はクラシックでいいなと思う。「時計仕掛けの」という言葉は、あまり日常では使用される言葉ではない、私が思い出すのはアンソニー・バージェスの『時計じかけのオレンジ』、そしてアニメ映画名探偵コナンの第1作『時計じかけの摩天楼』と言った、いずれもフィクション作品のタイトルとして使われている言葉だ。検索をかけてみるとほかにもいろんな作品があることがわかる。これからお話の世界へ行くぞ、という気持ちにさせてくれる。
棚橋の後書きによるともし後の訳書の法則にしたがって、(「そしてミランダを殺す」以降の務台夏子訳)タイトルをつけるなら『オードリーの巻き戻した夏』かなと書かれている。(こんな提案を書いてくださっているあとがきも絶対必読でとてもおもしろい)。私だったら、タイトルは単に『リアナ』でもよいのではって思った『レベッカ』みたいに。でもこれじゃシリーズにならないので、うーん。
ちなみに日本の本の装丁って素晴らしいと常々思うけど、この装丁の担当者の方のお名前がキンドル版には書かれていないので、わからない。書いてくださればよいのに、と思う。そういえば編集担当の方の名前も書いていなかった、翻訳書ってこんなものなのだったっけ。
最後にある著者の後書きは、この物語が最初は大学生の二人のお話で、それからどんな風に発展していったのかが書かれていてとても興味深い。もともとはアメリカのミステリのウェブサイトに投稿(オンライン文芸誌ミステリカルe)されたお話らしい。
お話はこんな風に始まる。平凡な生活を送っていたアラフォーのサラリーマン(出版社の経理部門勤務で仕事の方はまずまず固い)のジョージが大学時代の訳ありの友人リアナと再会するのだ。大学時代と現代の話が順番に進行するも、ジョージはどちらでもリアナを助けようと奮闘する。
改めて振り返ってみるとジョージには、つかず離れずのガールフレンド、アイリーンだっているし(キスすると、クリニークとアルトイズの香りがする)、安泰な仕事だってあるんだし、可愛い猫(ノーラ、これはイプセン『人形の家』からきているのかな?)と一緒に住んでるんだし、いやいやいやいや、ダメだよ、ジョージ!ってつっこみたい感が満載である。(クリニークは化粧品のブランドだから知っていたけど、アルトイズとはペパーミントキャンディの商品名らしい)リアナの手腕がいろいろな意味で素晴らしい。
著者のピーター・スワンソンは、大変な読書家のようで、いろいろな文学作品についての言及があるけれど、この作品で重要になってくるのは、ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』だ。きっと既読の方にはオマージュされてる部分がわかるのだろうと思うのだけど私にはまだわからない。
とにかくピータースワンソンはカクテル(あるいは飲み物全般)そしてバー、そしてニューイングランド地方と車が大好きだと思う。車は必ずメーカー名が言及されるのだ。それから日本の読者として気になる日本人の存在、ときどき出てくる、名前もない、風景として。これはパトリシア・ハイスミスの作品と同じだなと思う。たしか、裕福なビジネスマンの描写として日本人とけんかしているというのがあった(確か、『見知らぬ乗客』だ)。(こんな描写はバック・トゥ・ザ・フーチャーにもあったな、一昔まえのステレオタイプなのかも)もちろんアメリカの小説でも、東洋人にも意味をつけてほしいと思う。(この例外はベトナム系とアフリカ系のFBI捜査官のジェシカ(Nine Lives)、でも彼女も白人の養子) 今見返したら、チョというちょい役の人物もいたけどこの人もアジア系かもしれないな。人種的な多様性という意味ではNine LivesやEvery Vow You Breakあたりで変わって来ているようには感じる。
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