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心の浮き輪

うつになった。

いろんなことがしんどくて涙が止まらなくなって心療内科に行った。診断書には「うつ状態」と書かれている。


自分の苦しみに名前をつけてもらえて安心してるのに、わたしはうつになるようなひとじゃないと必死に考えている。はやく元気にならなければと思っているのに、朝どころか昼間も全然起きていられないし、何もしてなくても涙があふれてくる。


心と身体が自分のものじゃなくなったみたいだ。


うつになったから休職すると連絡したら、同僚や先輩たちから電話やメールをたくさんもらった。「気づいてあげられなくてごめんね」と謝られる。


本当だ、わたしはあれだけSOSをあげたのにあんたたちが気づいてくれなかったからこんなことになったんだ!しかも謝ることで自分の罪悪感を減らそうとしているだろう、そんなの卑怯だ!謝ってくんな!と思う。

謝ってこないひとには、なんで謝らないんだ!わたしが今苦しいのはあんたたちが助けてくれなかったからだ!謝れ!!と思う。

めちゃくちゃだ。

「気づいてあげられなくてごめんね」は、心配と謝罪の言葉だ。わかってる。わたしだって身近なひとがうつになったら、同じ言葉をかけるだろう。前向きにとらえなければいけない言葉だ。それなのに。どうしてわたしはこんな前向きな言葉を被害妄想でふくらませて嫌な気持ちになることしかできないんだろう。


足におもりをつけられて、海で溺れているみたいに苦しい。もがいたら一層体力を奪われるし、じっとしていたらおもりの重さでどんどん沈んでいく。遠のいていく海面を見つめることしかできない。


また泣いたまま眠っていたらしい。カピカピになった涙が目尻にこびりついている。

ふと思い立って、気になってたけど見れていなかった『きのう何食べた?』のドラマを見る。内容が頭に入ってこない。ぼーっと2話くらい見た。疲れたから眠る。目覚めて続きを見る。一気に見るのがしんどいので、3日かけて最終回まで見た。さらに2日かけて2周した。おもしろかった。


はたと気づいた。『きのう何食べた?』を見てる5日間、泣く回数が減った。シロさんとケンジの生活を眺めてる間は、つらい気持ちを忘れていた。


この日以来、ドラマを見たり、本を読んだりする時間を意識的に増やすようにした。

映像を見るより活字を追いかける方が心地よいと気づいてからは、本を読みまくった。真っ白な画用紙を塗りつぶすように、読んで読んで読みまくり、1か月で30冊読んだ。

ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。

(若林正恭『完全版 社会人大学人見知り学部 卒業見込』角川文庫 2015 p.142)



本を読んでる間は、ネガティブの海に放り投げられることも、おもりをつけられることからも逃れられる。

海底まで沈みこんで「これ以上は潜れない。もう浮上するしかない」と真っ暗な海を見上げたとき、物語が浮き輪となって海面まで引き揚げてくれた。


物語の世界に逃げ込めば、わたしは大丈夫。

そう思えたことで、ゆっくりゆっくり心と身体は回復していった。


うつと診断されてから1年半──。
涙が止まらなくなることは、もうない。
うつは寛解し、来月から新しい職場で働く。


きっとこれからも、つらい気持ちは押し寄せてくるだろう。

そのたびにわたしは、本のページをめくる。


ページの余白に反射した日の光を浴びながら。




┊補足┊
うつは個人差の大きい病気で、症状はひとによってさまざまです。この文章は、あくまで“私の場合はこうだった”という意味合いです。わたしの例を挙げて、ご自身やうつで苦しまれている方を責めないでくださいね。

うつで苦しまれている方の気持ちが少しでも楽になりますように。



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┊あとがき┊

今回は「読書にハマったきっかけ」をテーマに書きました。鬱屈とした内容にもかかわらず、最後まで読んでいただきありがとうございます🙇‍♀️

いまでも読書の時間はわたしの心を支えてくれていて、昨年は103冊の本を読み、今年も100冊読めたらいいなと思うほど、本の世界に夢中です。

休職するほどではなくとも、ネガティブに飲まれてしんどい時期ってありますよね。そんなときに現実から逃れられる方法をたくさん持っていると、気持ちが楽になるんじゃないかな〜とわたしは思います。現実を生きるために現実逃避をして生きていきましょう。

またお会いできますように(頑張って書いてね、わたし)。


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