Mein Mann und ich in Österreich - 夫と私とオーストリア #12
【ぶらり電車旅・初めてのチロル の巻②】
チロル編・第2弾は、ハインツが出演した「Monster und Margarete(怪物とマルガレーテ)」観劇記録です。
第1弾にちらっと記した通り、チロル州テルフスで行われる演劇祭の目玉演目の一つでした。
(これを書いている2022年9月1日時点では、まだ上演中^^)
14世紀を舞台に、チロルのご当地歴史的著名人であるマルガレーテ・フォン・ティロルを描いた作品です。漫画にも描きましたが、10代前半のマルガレーテが、ボヘミア王の息子・ヨハンと政略結婚に引き出される場面から舞台はスタートします。
その後成長した二人の不仲、マルガレーテの2人目の夫となるバイエルン公ルートヴィヒとの出会いを経て結ばれるも、前夫との離縁をローマ教皇から認められなかった上に、"教会"の反感を買って泥沼化。
ヨハン・ルートヴィヒ両人の家系に加え、マルガレーテが治めていたチロルの貴族、そしてハプスブルクの家系をも巻き込んだ争いとなり……といった流れ。
マルガレーテは「マウルタッシュ(「大口」の意、外見の醜さを揶揄した表現)」とあだ名されていましたが、その名が生まれたのはなぜか?
後年の研究によると、長く醜女と呼ばれてきたマルガレーテは実際にはそんなことはなく、彼女を妬んだりよく思わなかった人々(ローマ教皇など)があることないこと噂として流したのだ、というのが定説になっているようです。
……今回の演出では、そんな彼女を「フェイクニュースの犠牲者」として描き、いわれのない汚名を着せられ、そのような名で呼ばれるような「怪物」に彼女を仕立て上げたのは何(あるいは誰)だったのか?という点にも注目した物語になっていました。
さて、ここからは漫画に描いたみなさんについても少しご紹介しましょう。
だいぶ長くなります!
■マルガレーテ
演じたのはチロル出身の Lisa Schrammel(リサ・シュラメル)さん。
領主としての力強さとしなやかさをバランスよく表現されていました。劇中、歌唱場面があるのですが、澄んだ歌声がマルガレーテの数奇な運命と重なりあい、物悲しさを誘うのでした……。
■ルートヴィヒ
ルートヴィヒが治めたバイエルン出身のAlexander Julian Meile(アレクサンダー・ユリアン・マイレ)さんが演じました。
私が初めて観たハインツの舞台にも彼が出演していたので、勝手に縁を感じている役者さんです。今回は民衆に向けてスピーチをする場面で、あえて「何か言っているようで本当は何も意味のあることを言っていない」演説をかまし、 "昨今の政治家" を揶揄する見せ場も。
■ハウプトマン
常にマルガレーテを気遣い、守り、またチロルのために戦う。軍を率いる立場のようですが、チロル土着の人々を体現したキャラクターでもあるようでした。
演じたのはやはりチロル出身のHelmuth A. Häusler(ヘルムート・A・ホイスラー)さん。このテルフスの夏の演劇祭には例年出演されているそう。
劇中、幼いマインハルトと遊ぶ場面で、茶目っ気たっぷりのロボットダンスやパントマイムを披露し、芸の幅広さを垣間見せてくれました。
■マインハルト
夜な夜な遊びまわる奔放さの一方で、周囲からのマルガレーテに対する中傷に敏感に反応し、思い悩む多感な年頃の青年を演じたのはElias Häusler(エリアス・ホイスラー)さん。実はハウプトマンを演じたヘルムートさんはお父さん。今回が初舞台だったそうです。フレッシュ!
■マルガレーテ(パペット)& 謎の老婆
マルガレーテの元に時折現れては、悪魔のような囁きをもたらしていく影の存在。演じたのはドイツを拠点に活動されているというSusi Wirth(スージー・ヴィルト)さん。少し気味が悪いのに、耳を傾けずにはいられない……昔話の語り部のような見事な節回しで観客を惹きつけました。(今回の私のお気に入りの役者さんです♡)
パペットを扱うのは今回が初めてだった?らしいのですが、まるで人形そのものが生きているかのような熟練度合い。
ちょっとだけ話す機会があった時に、「舞台上ではメイクやカツラでほぼ素顔が隠されていたから、終演後に楽屋から出ても誰も私がキャストの一人だと気づかないのが最高!」とおっしゃっていた姿がお茶目さんでした。
■チロルの民
代表格を演じたのはDaniel Klausner(ダニエル・クラウスナー)さん。この他にも、別の役を兼任し何度か舞台に登場します。圧巻なのはマルガレーテの夫・ヨハンに文句を言ったことで怒りを買い、暴行を受ける場面。実際に頭を地面に打ちつけられているわけではないと分かっていても、目を背けたくなるほど真に迫っていました。
仮面を被ったチロルの民たちは、現地でオーデションを受けたチロル出身の方々が演じていました。
■カール
当時のボヘミア王を演じたのはMarcus Off(マークス・オフ)さん。今作ではコミカルなシーンが多く、たくさん笑わせていただきました。ドイツ出身の役者さんで、普段はベルリンを拠点にされているとのこと。ドイツ語吹き替えのお仕事をよくされているそうで、確かに声が印象的(かつとても聞き取りやすい!)。独語吹替「メンタリスト」のジェーンなどを演じているんだとか……。
舞台裏でハインツと待ち時間が重なることが多く、二人で謎のオネエごっこをしているのが楽しそうでした(?)。
■カイザー
神聖ローマ皇帝、というのが正式な名称のようです。マルガレーテの2番目の夫・ルートヴィヒの父で、劇中では既婚者のマルガレーテと息子をブラインドデートさせようとするけしからん親でした。「カイザー」という名のいかつそうなインパクト通り、基本「俺は強いぞ!!!強い俺だぞ!!!!」というジャイアン系キャラです。
演じたのは南チロル(イタリア)出身のAlexander Mitterer(アレクサンダー・ミッタラー)さん。今回、娘さんも一緒に出演されていました。
芸術家の血筋か、ご兄弟のFelix Mitterer氏もオーストリアを代表する劇作家だそうです。
■ヨハン
ちょっと気弱で押しの弱い若旦那・ヨハン(・ハインリヒ)を演じたのはJakob Egger(ヤコプ・エッガー)さん。この方も地元チロル出身。
劇中で唯一、馬(!)に乗りながらの演技もされていました。この馬がまたよくトレーニングされていて、物音や大勢の人も怖がらず、健気に連日長丁場を演じきってくれて……。
ただ、ゲネプロで写真を撮りにきたカメラマンがあまりに馬の周りをうろつき過ぎ、徐々に興奮し始めた一場面も……。そんな時も冷静に馬を宥めつつ、演技を続けていたヤコプさんすごい。演技とはまた別の才能も感じました。
■ルドルフ(ハプスブルク)
当時のハプスブルク家を象徴化したキャラクターですが、なんとも掴みどころのない飄々とした雰囲気の中に、したたかさと狡猾さを感じさせるぬるっとした演技を見せてくれたのはKlaus Huhle(クラウス・フーレ)さん。普段はベルリンを中心に活動するベテラン役者さんです。
彼もコミカルな演技が冴え渡っていましたが、ラストシーン直前の独白&スピーチシーンでは、なんとなく現オーストリア大○領を彷彿とさせるくだりも。そう、今作めちゃくちゃ政治批判盛りだくさんなんですよね(私が気づいていないだけで、仕込まれたネタはおそらくもっとたくさんあるのでしょう)。
■教皇
我らがハインツが演じたのはカトリック教皇。当時はフランスのアヴィニョンに教皇の本拠地が移されていたのですが、この教皇・クレメンス6世自身も元はフランス貴族の出身だそう。「アヴィニョンのブタ」と呼ばれるほど聖職に似つかわしくない贅を尽くした&奔放な暮らしぶりをしていた教皇で、劇中でも放送禁止用語は連発するわ、権力を行使して嫌いな人間を徹底的に潰そうとするわで「俺は神の次にえらいやつ」ヅラが炸裂していました。
ただ、今回の役作りは「クレメンス6世」その人だけを演じているというより、当時の「アヴィニョンの教皇たち」をまとめて体現したものだそう。
実は、初日公演の最前列に地元の司教が座っていて、舞台に教皇が現れてからというもの、ずっと呆れたように頭を抱えていた、というのが笑い話です(その後裏でブチギレてたとか)。
■教皇の取り巻きたち
こちらは前述の
①チロルの民を演じたダニエル・クラウスナーさん
②ルドルフを演じたクラウス・フーレさん
③ヨハンを演じたヤコプ・エッガーさん
……の3人が他の役と掛け持ちで演じていました。
ポジションは権力者の従者&太鼓持ちといった感じ。道化の役回りですね。
このグループが登場する場面では、教皇とのやりとりと合わせてドッカンドッカン笑いが起こっていました(私自身は全て理解できなかったのが悔しい……)。
■コーラス隊
劇中の歌唱シーンのほか、最初の結婚を嫌がり逃げるマルガレーテを呼ぶ声などでも登場したみなさん。チロルで時代を超えて歌い継がれる曲たちを、ステージの上に蘇らせてくれました。
■演出監督
Susanne Lietzow(スザンネ・リーツォフ)さん!
オーストリア・オーバーエスターライヒ州の州都、リンツにある州立劇場で専属で演出を手掛ける他、ドイツ他ヨーロッパ各地で活躍されている演出家さん。以前1度だけリンツで彼女が手がけた作品を観ましたが、おしゃれな仕掛け満点のセットや、演者の配置の仕方など、独特かつスタイリッシュさが際立っていたのをよく覚えています。
今回も色をおさえた黒の世界に、ドロドロした人間模様とマルガレーテの葛藤を絶妙に配合し、キリッとした仕上がりになっていた印象です。
ご本人はチャーミングな一面と、凛とした強い意志を併せ持った方(3回くらい会った後の印象)で、ハインツいわく「スザンネはいつでも現場をポジティブな雰囲気に保ってくれる。演出家には”相手のエネルギーを吸い取る”タイプと”相手にエネルギーを与えてくれる”タイプがいるけど、彼女はいつでも後者」なんだそう。
■音楽監督(作曲)
Gilbert Handler(ギルバート・ハンドラー)さんが担当。歌唱マイスターで、低音の悪魔ボイスからファルセットまで自由自在に歌声を操る魔性の音楽家。ちょっとヴァンパイアみがあるルックスも印象的でした。劇中で演じたTeufel(トイフェル・悪魔)のイメージにもぴったり!
劇中の楽曲制作や伝統歌唱曲のアレンジも手がけ、上演中は歌のみならず、後述のバンドと共に演奏も。
■バンド
ギルバートさん(キーボードとミックス)と共に、管・弦楽器で作品を盛り上げたのはEduard Würzburger(エドゥアルド・ヴュルツブルガー)さんとDaniel Pilz(ダニエル・ピルツ)さん。歌い手さんたちとの息がぴったり!
3人とも唯一ステージ上(というか横)に出ずっぱりで、もっとも観客の前にいる時間が長かったので、観劇中それはそれで大変だろうな……と思っていました。
■脚本
最後はこの物語全てを一から作り上げたThomas Arzt(トマス・アルツト)さん。「Monster und Margarete」のため、膨大な量のリサーチを重ね、台本も何度も推敲を重ねたそう。
後世に語り継がれてしまったマルガレーテのいわれのない汚名は、現代で言う「フェイクニュース」の産物、というコンセプトをスザンネさんと打ち出したのもこの方です。
さてさて、すっかり長くなって4000字越え。なんだか物語の紹介よりも、舞台チーム裏話の備忘録みたいになってしまいました。
最後までお読みくださった方がもしいらしたとしたら、心からの感謝を捧げます。
今回、何が一番嬉しかったって、コロナ禍で2年半ことごとく舞台公演の場を奪われ、企画を潰され続けてきたハインツが、ようやく念願の大舞台に立てたこと。劇場をこよなく愛す彼が、これほど長く演じられずにいたというのは非常に大きな苦痛だったと思います。
水を得た魚といった風情で生き生き演じる姿を見て、本当に本当に今作のチームの皆さん全員にありがとうを言いたい気持ちでいっぱいになりました。
【おまけ】
余談。最終的にマルガレーテは女伯の座を追われ、最後はウィーンで人生の幕を閉じたのですが、ウィーン5区・マルガレーテンの名前は、彼女の名前にちなんだものなんだそうです。
ウィーンに住み始めて4年になろうというのに、個人的に本でリサーチをしていて今さら初めて知りました。ボ〜ッとして生きてんなあ、自分!
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