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映画『PLAN75』。次に期待すること。

カンヌ国際映画祭・カメラドール特別表彰という触れ込みで、2022年に公開された映画です。
高齢者の生き方、高齢者の存在を考えさせられます。


リアリティが感じられない理由

なぜ、この映画には、リアリティが感じられないのか?
それは、1976年生まれの早川千絵監督が持つ高齢者に対する誤解に起因しているか。あるいは、高齢者をめぐる古い社会通念が、この映画からリアリティを奪っているからなのか。

「PLAN75」というタイトルが示すように、映画では75歳になると生死の選択権を高齢者に与える法制度が設けられ、その制度に翻弄される人々を描いています。

しかし、現在の75歳は、身体的にも精神的にも映画で描かれた人々より元気です。
日本老年学会と日本老年医学会は、心身が健康な高年齢者が増えたことから、高齢者の定義を75歳以上に引き上げるべきだと提言しており、75歳は高齢者の入口に差し掛かったにすぎません。

タイトルを付けるとすれば「PLN85」、女性中心に描くのであれば、男女の寿命差が5~6歳あるので「PLAN90」とすればよかったのかもしれません。

ステレオタイプな高齢者の苦悩

年齢設定はさておき、
この映画のユニークなところは、生死の選択権という「法制度」を設定したところで、高齢者の社会的存在について問題提起しています。

ただ、この物語設定が、有効に機能するには・・
 1) 超長寿化等によって多くの高齢者が苦難を抱えるようになり、
 2) その結果、多くの高齢者が潜在的に死の願望を持つようになり、
 3) それを法制度が後押しする
といった前提が必要です。それであれば、生死や善悪について深く考えることができます。

だからこそ、この物語設定に負けないように”多くの”高齢者が抱える苦悩をしっかり描く必要があります。

映画で描かれているのは、どちらかというと貧困に置かれている高齢者の苦悩でした。
しかし、高齢者の8割が持家に住む現状の日本で、住宅難や就職難は高齢者共通の問題にはなりえません。

それでは、高齢者の貧困問題を取り上げたかったのでしょうか?
確かに高齢者は経済的・社会的に多様で、その中で貧困問題はむしろ若者世代以上に深刻です。
しかし、PLAN75という法制度は全高齢者を対象にしたもので、原理的にみて貧困層を救う政策にはなりえず、折角の設定が曖昧になってしまいます。

このように、物語設定が面白いにもかかわらず、高齢者が抱える苦悩の描き方が、ステレオタイプだと感じてしまいます。

https://happinet-phantom.com/plan75/

シニアの実存を描いて欲しい

それでは、描くべき高齢者の苦悩はどんなものなのでしょうか。そもそも高齢者が潜在的に死の願望を持つような共通の問題はあるのでしょうか。

一つあるとすると「老い」の受容です。
もちろん、老いの受容は今に始まった問題ではありませんが、近年の超長寿化によって、老いとの向き合い方は大きく変容しています。

例えば、高齢者が働きたいと思っても働く場がないという就職ミスマッチは、長寿化で元気で働く意欲を持つ高齢者が増え、働きたい期間も長くなって、拡大の一途をたどっています。
そして、これは映画で取り上げられたように貧困層に閉じているわけでなく、経済的に豊かな高齢者にも起こっている新たなタイプの問題です。

このように横断的に広がる高齢者の「社会からの疎外」を、超長寿化が後押ししてしまっていて、社会制度だけでなく1人ひとりが持つ通念を変えない限り、解決が難しい問題になりつつあります。

早川監督には是非、その繊細なタッチで、高齢者のリアルな実存の問題について描いてもらいたいというのが素直な感想です。

(丸田一葉)

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