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「変身資産」とは何か?


変身資産とは

「無形の資産」とは、将来的に収益をもたらす潜在的な能力のことです。
『LIFE SHIFT』では、自分が意識して「無形の資産」を蓄え、使うべき時には大胆に使うという生き方が提案されました。

『LIFE SHIFT』が示した3種類の無形の資産のうち、「生産性資産」と「活力資産」はイメージしやすいものです。
「生産性資産」とは、仕事で生産性を高め、所得を増やすのに役立つ資産です。スキルや知識、社会的評価、職業上の人脈などが生産性資産で、拡大解釈すれば、学校教育もその多くが生産性資産に置き換わっています。

また、「活力資産」とは、心身の健康と心理的幸福感を得るための資産で、例えば、長期休暇や家族といることで蓄積される資産です。

一方、三つ目の「変身資産」は、自分自身の変化や変身を支える資産と定義されています。
この聞き慣れない資産が登場した背景には、長寿化があります。人生100年時代を迎え、一人ひとりに与えられる寿命が延び、自分で自分の時間をコントロールしなければならなくなりました。定年後も30年以上の時間を引退したまま過ごすのは、個人的にも、社会的にも受け入れ難いことです。

そこで、一人ひとりが、自分の時間をコントロールする必要がでてきます。そして、10年単位の時間をコントロールするとは、つまり自分が「変身」することに他なりません。転職したり、起業したり、学び直したり、エクスプローラーを経験したり。

ただ、変身することは容易なことではないので、変身する能力を資産として備えておき、節目節目でその資産を活用すべきというものです。

自由な時間を怖れる

このように長寿化は、我々に時間の使い方の自由をもたらしました。
寿命が100年に延びたのも人類史初ならば、時間の使い方が個人に解放されて自由になったのも人類史初の出来事です。

しかし、この自由は、満足に謳歌できていないのが現実です。
引退したらすべての時間を自由に使えるはずなのに、なかなか心が満たされない。こんな筈ではなかったという人が多いのは、時間割を用意されることがなくなり、すべて自分で時間の使い方を決めなければならなくなったからです。
巧い時間割が書けないという能力の問題だけでなく、その多くが自由が持つ厳しさに起因しています。

自由にというのは、自分の振る舞いを自分で決めたうえで責任をとらねばならない厳しさが付いて回ります。会社で長らく仕事してきた人は、指示されて動くことを基本にしており、また、責任をすべて引き受けなくてもよい仕組みになっています。
そのため、なかなか自分で決めて責任をとる自由な行動パターンを受け入れることができず、むしろ自由になることを怖れるようになります。

これでは、せっかく長寿化によって、自分の人生を自由にデザインする自由をもらったのに、その自由を返上することになりかねない。
そこで、こうなる前に「変身資産」を意識し、早い段階から「変身資産」を蓄積しておくことが重要になります。

自分で決め責任をとる能力

こう考えると、「変身資産」の内容がクリアになってきます。「変身資産」は浅深の2段階で考える必要があります。
第一段階は、「変身資産」を自分で考え決める能力や責任をとる能力と考え、それを蓄えることです。

そもそも、3ステージ型(教育→仕事→引退)社会で染みついた常識を外すことから始める必要があります。つい最近まで、一生を一つの企業で過ごすという生き方が主流でした。しかし、人間の寿命が100年に迫ろうとしているのに、ほとんどの企業は100年も続きません。
また、3ステージ型社会のほとんどの場面で、自分で時間を選択することがなかったいという自覚が必要です。コロナ禍で少し事情が変わりましたが、勤務時間も休日も会社や社会が決めたものに従っています。

一方、いつでも、誰でも自分が仕事の意思決定者になって、多くの人を巻き込む立場に変身できるという常識が必要になります。
メディアや教育場面において、そのような選択肢やロールモデルがあることを広く伝え、教えていく必要があるように思えます。

最近、起業数は増加傾向にあります。「変身資産」の形成には何より自分でやってみることが有効で、起業に至らなくてもライトな起業であるインディペンデント・プロデューサーや、節目節目で起業を選択肢に取り込むことが資産形成に役立ちます。

一方で就職や転職には強い安定志向がみられます。
人生のリスク管理という点で賢い選択だといえますが、反対に安定志向を持った人が安定的な仕事を続けていと「変身資産」が底をつき、会社倒産や引退したとたん、与えられた自由に苦しむことになる、という別リスクがあることを理解しておくべきです。

真の自由を謳歌する時間の使い方

次の段階は、「変身資産」を真の自由が謳歌できる時間の使い方を実践できる能力と考えることです。

まず、「時間」について改めて考えてみます。
我々に与えられた時間には、3つの種類の時間があります。

一つは、未来の目的のための手段としての時間です。現在という時間は未来への通過点、あるいは手段であり、そこでは時間の効率性が重視されます。プロジェクトをやり遂げる、高価な装飾品を買う、といった未来の目的のために現在の時間が使われます。

二つ目は、使うことが自己目的になった時間です。遊んでいる時は遊びのためだけに時間を使い、我を忘れて夢中になっています。歌っている時や、踊っている時は、その瞬間がまさに本番です。どちらも非生産的で効率性とは無縁ですが、極めて人間的な時間です。
しかし、遊びが終われば、夢から覚めるように元の時間に戻ってしまう、祭祀的で忘我的な時間ともいえます。

ちなみに、この二つの時間は、アリストテレスの「キーネーシス(運動)」と「エネルゲイア(現実活動態)」に対応している。

そして三つ目が、有限を生きる時間です。ここでの有限とは「死」のことです。我々はもちろん死をコントロールできませんが、必ず死が訪れることを知っています。また、今この瞬間に死んでしまう可能性も理解しています。そして自分が限りある唯一無二の存在であることは、自分の死が証明してくれます。
有限を生きる時間とは、この自分の死を現在に引き受けながら、現在を歩むという生き方です。

この点については、ハイデガーはじめ多くの哲学者が言及しています。しかし、具体的な日常での時間の使い方までは示してくれていません。
あえて説明しようとすれば、この瞬間を大切に生きることであり、未来の結果を考えず過程としての現在を楽しみ尽すことです。
それに加えて、同じように有限を生きる他者のために行為することがあげられます。具体的な時間の使い方はこの二つに尽きます。ただ、言うは易く行うは難しです。

時間の使い方と資産の関係

この三つの時間は、生きるためにどれも必要で、自分のためにうまくバランスをとることが重要です。

しかし、放っておくと「目的のための手段としての時間」に多くを費やし、時間効率を追求するとともに「生産性資産」を獲得しがちになります。仕事で成功を収める一方で、心身が疲弊していきます。

そこで、遊びなどを通じて「自己目的になった時間」を過ごすと、疲れがとれ、心身がのリズムが回復します。
大人になった我々は、「自己目的になった時間」、つまり「遊び」を楽しむことが大切です。遊びの時間は一見して無駄なように思えますが、誰もが子どもの頃、無駄な遊びこそ何より命を燃やすと直観していたのではないでしょうか。無駄な時間を楽しみ、無駄を生きる決断をすることが自由への第一歩です。
こうした時間の裏で「活力資産」が貯まっていきます。

「有限を生きる時間」は、最も自由度が高く、生きる本質といえるものです。そこでは未来の目的に縛られることなく、夢から覚めることもない、ただ死という制限があるだけで自由な地平が広がっています。
ここにより多くの時間を費やすことが、最も自分のためになるのでしょうが、その生き方はなかなか難しそうです。

ただ、人生100年時代に不可欠な「変身資産」の形成を考えた場合、時間の自由を謳歌するための不断の努力が必要になります。それは一種の修行のようなものですが、それこそが常に変身するという時間の使い方です。
まずは自分決定・自己責任の能力を身につけるところから始めていくと、自ずと「有限の時間を生きる」方法が身につくことになると思っています。

(丸田一葉)

備考)
『 LIFE SHIFT 』リンダ グラットン、アンドリュー スコット、2016年
「生きられる時間」細川亮一『新岩波講座哲学 トポス空間時間』、1985年
『時間の比較社会学』真木悠介、岩波書店、1981年

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