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「君たちはどう生きるか」の「老婆」を考える 2/3

ジブリ映画「君たちはどう生きるか」には、多くの脇役が登場しますが、「老婆」も重要な役割を担っています。
以下、「ネタバレあり」です。


個性的に描かれる老婆

本作が描く世界は、「上の世界(現実世界)」と「下の世界(魔界)」の二層になっており、それぞれ個性的な登場者が配置されています。

そのなかで「老婆」は、「上の世界」で主人公の眞人が疎開した実家の使用人(女中)として登場します。実家のお屋敷にはたくさんの「老婆」が住み込んでいます。
見た目が小さく皺だらけで一見、同じような年寄りのように見えますが、それぞれ実に個性的に描かれていることには驚かされます。

広大なお屋敷とはいえ少し使用人の数が多いのではないか、全員が老婢(老人)という設定もおかしいのでは? と疑問は膨らみますが、そこにはある意図がみられます。

二つの世界を同時に生きる「守り人」

お屋敷の奥にある塔や洋館に近寄ってはならないこと、アオサギはじめ多くの生き物が関わっていることなど、「老婆」は、塔に潜む「下の世界」の存在を知っています。
そして、塔や洋館が作られた経緯や、眞人の母が塔に消えていた過去を語ります。
「老婆」は「下の世界」入口の「守り人」として配置されています。

また、眞人は、たくさんの老婆のなかで、キリコという少し嫌みな老婆と「下の世界」へ連れ立ちます。
「下の世界」でキリコは、若い生命力に溢れた女性に姿を変えて現れます。キリコは船乗りとして漁や魚の下拵えなどの仕事についており、眞人にも仕事を手伝わせます。

人間が年を取ると「下の世界」でも役割を果たすことになるのか?
あるいは、「下の世界」で殺生という禁忌を犯す役割を持つ人が「上の世界」にも身をおくのか?
その点ハッキリしませんが、いずれにせよキリコは、二つの世界のどちらにも身を置き同時に生きる存在のようです。

さらに、傷ついた眞人が養生する場面では、「老婆」の「木偶」が眞人の周りに配置され、一種の「結界」として眞人を守ります。
これは「下の世界」に張り出した突出空間バリアのようなもので、「老婆」が、二つの空間の境界を作りだします。

本作では、眞人が母の死を乗り越えることがテーマになっていますが、「下の世界」を含む大きな世界のなかで、その葛藤が描かれています。
その中で「老婆」は、二つの世界という設定にリアリティを持たせるだけでなく、死と再生のダイナミズムに深みを与えています。

現実社会の老婆心

「老婆心」とは年配の女性がもつ謙った他者への心遣いをいいます。
それは蓄積された人生経験が背景にあり、往々にしてお節介な振る舞いとして敬遠されます。

まして、現代の高齢者は年齢が下のどの世代よりも多様です。それぞれ経済的、身体的、社会的な状況に大きな開きがあり、蓄積された経験はそれぞれで実に個性的です。それぞれの経験を背景に老婆心を発揮されては、若者は迷惑かもしれません。

しかし、高齢者には「死」や「不可能性」の滓かな経験も蓄積されており、本作に示されたように、それは「下の世界」との接続を図り、ファンタジーの世界に誘い、場合によっては若者に人格形成の機会を与える契機を作り出すと考えられます。

本作では、現実社会を映すかのように老婆が実に個性的に描かれており、また、おしゃべりな老婆に交じって物静かな老爺も一人登場します。
そこからも、現代社会において老婆、老人、高齢者に求められる役割がみえてくるようです。

(丸田一葉)

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