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【種苗法改正】オランダの育成者権はどうなってるの?

(6月5日一部追記しました)
種苗法の改正に関する記事や意見を目にする機会が多く、今まで農業に興味がなかった方からも注目されていますね。

個人的には、種苗法の改正に反対している人がなぜ反対しているのか分かりませんでした。それはオランダで農業に興味を持ったので、農業界でも知的財産権が守られることは「当たり前」だと思っていたからです。

そこで今回は、「日本の種苗法改正に賛成・反対」という話ではなく、農業分野のみならず、知財権に関して先端であるオランダでは、品種登録や農業分野の知財権はどうなっているの?ということを、ジャガイモ中心に(理由:好きだから)まとめてみます。他国の状況を合わせ鏡にして、日本の種苗法改正をみても良いのではないでしょうか。間違いがあればどうぞご指摘ください!

今話題の種苗法って何?

まずは、現在話題になっている日本国内における「種苗法」や「種苗法改正」については林ぶどう研究所さん、梨農家健太さんをはじめ多くの方がわかりやすい解説を書かれていますので、割愛します。


オランダにおける農業分野の知的財産権

オランダ在住時に「農業関係の仕事をしたい」と言ったら、友人たちから「農業関係の仕事につきたいなら知財権を学べ!あとは契約交渉を学べ!」と言われたことを思い出します。農業に限らず、知財権に対しての意識が高い国だと思います。

それはさておき、オランダは種苗大国です。Plantumという組織は、約 350の種子や苗木の育種や繁殖、栽培する企業で構成されており、遺伝的多様性にすべての育成者がアクセスできるよう努めたり、知的財産の保護をしたりして種苗産業を支援しています。

生物多様性または遺伝資源とは、植物、動物、その他の生物の多様性と遺伝的多様性を意味します。人間を含む地球上のすべての生命にとって重要です。(中略)すべての育成者が、妥当な条件下で、利用可能な遺伝的多様性にアクセスできることは、健康で食品安全な未来にとって重要です

参考:
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tizai/other/pdf/0121-2.pdf
https://plantum.nl/

新しい品種の登録状況

では実際に、1年間にどれくらい新しい品種が登録されているかご存知でしょうか?

ちなみにオランダでは、植物品種協議会 Raad voor Plantenrassen(根拠法:"Seeds and PlantMaterial Act 2005")において品種登録の申請手続がとられています。

オランダ:2013 年から 2017 年までの登録件数については、毎年増減が見られますが、2017 年は672 件が登録されています。最新データの2018年の登録総数は713件で、そのうち635件がオランダ国内からです。

ただオランダ国内からだけでなく、海外からも品種登録がされています。2017年の海外からの登録件数については、中国が 55 件(60.4%)、ドイツが 14 件(15.4%)で、中国の割合が高いですね。ちなみに中国の品種登録件数も30%以上オランダが占めています。

それでは、日本の場合はどうでしょうか?
日本:2013 年から 2017 年までの登録件数については、年によって変動はあるものの、750件から 940 件の間で推移しています。最新データの2018年は758件でした。467件が国内、291件が海外から。

日本でも海外から品種登録がされています。
2017 年の海外からの登録件数については、オランダが 127 件(34.0%)、デンマークが 55 件(14.7%)で、この 2 か国で全体の半数を占めています。

人口を比較すると、日本は1億2,000万人、オランダは1,700万人。国土面積を比較すると、日本は37万㎢、オランダは4万㎢。品種登録数に大差がないことに驚きます。そして国内での品種登録数に関していえば、モンサントではなく、オランダだった(笑)

参考:
https://www.upov.int/databases/en/statistics.html

品種登録の流れと保護制度

では品種登録の流れと、その保護制度はどうでしょうか。

(1) 品種の客体の条件
植物育成者権の申請は、全ての種の観葉植物ならびに樹木植物について行うことが可能である。但し、以下の条件がある。
・区別性があること
・均一性があること
・安定性があること
・新規性があること(品種がオランダにおいて出願日の 1 年よりも前に販売されておらず、その他の国において出願日の 4 年よりも前に販売されていないこと。)

品種登録により、登録品種について育成者権が発生します。育成者権の存続期間は 25 年。果樹等の永年性植物については 30 年。

ジャガイモ属、苺、アカシア、アンスリウム、林檎、セイヨウトリネコ、楓、エルク、桜、ミズキ、レーズン、オウシュウナナカマド、シナノキモクレン、梨、ポプラ、セイヨウスモモ、柳、リストに掲載された球根植物の品種。また、海藻や菌類(キノコ)など、植物とみなされないものは登録できないが、マッシュルームはオランダでは法律の保護を受けている

※最近、マッシュルーム栽培農家をよく耳にすると思っていたら、この理由だったのかな?

オランダで品種登録する利点の一つとして、保護期間が長く、多くの品種では 30 年間の保護が受けられることが挙げられています。

(2)品種登録に係る業務を行う専門家について定めた法令、ガイドライン等のうち関係する条文

必要な要件は、エージェント(代理人)が EU 域内に居住していることである。

(3)農水関連知財を所管する行政機関において農水関連知財の出願手続の代理を行う者の主な例
植物品種登録の分野での代理経験がある弁理士や弁護士はごく少数である。

※主に以下の3タイプに分かれるようです。
・ロイヤリティー管理義務のないエージェント
・ロイヤリティー管理義務のあるエージェント
・育成会社

登録料の額は?
1~3 年目各年毎に 6,000円
4~6 年目〃9,000円
7~9 年目〃18,000円
10~30 年目〃36,000円

オランダの植物品種協議会における出願費用は?

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出典: https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2018_07_zentai.pdf

またオランダで植物の育成者権を付与し、植物の品種を承認する独立機関である「植物品種協議会 Raad voor Plantenrassen」からのヒアリングの中で、社会情勢により流動的ではあるがと前置きし、オランダの農業分野の知的財産管理の中で他国との違いを述べた内容が興味深い。

「植物の改良については、多国籍企業は、知的財産権利の中で、弱い権利(植物の育成者権)よりも一番強い権利(特許での保護)を好む傾向にある。小規模の育成者は植物育成者権を好む。社会的には、植物一般を特許にすることは、植物の独占を生じ、一般に利用可能な植物が少なくなると懸念されている。」

特許と育成者権、どのように捉えましょうか。

参考:
https://www.jpo.go.jp/resources/report/sonota/document/zaisanken-seidomondai/2018_07_zentai.pdf
https://www.raadvoorplantenrassen.nl/nl/over-de-raad

Breeders Trust (育成者権)

ようやくジャガイモの話です。Breeders Trustという団体は、ドイツ、オランダ、フランス、デンマークの種イモ企業により、2008年に育成者権の侵害対抗のために設立された民間団体です。現在は牧草の育種会社も加盟。この組織は、加盟企業の権利保護のため活動しています。

例えば新しいジャガイモ品種を開発するためには、最低でも10年を要し、費用は少なくとも300万ユーロ(約3億5,000万円)かかります。新しい品種は病気にかかりにくい、収穫量が高い、耐塩性があるなど生産者にとって育てやすく、また消費者の現代の食生活や、需要に合わせるように育種されます。オランダには、糖尿病患者用のジャガイモの品種なんかもあります。

このような新しい品種が登録されると、本来は30年間の植物育種家の権利保護が適用され、ライセンス料(許諾料)を請求する権利を有します。このシステムにより、育成者はより優れた特性を持つ新しい品種を育種し、開発し続けられます。

しかし残念ながら「ライセンス(保護)品種」の違法取引が横行しています。そのためこの組織は、品種の増殖に対しては、ライセンス料が支払われることや、その取引が該当する法律の下で行われることを注意勧告します。例えば、認証されていない種子や種イモを使用するリスクについて生産者やサプライチェーンに通知したり、EUの法律と植物育成者の権利保護に適用される規則について情報提供したりしています。さらに、意図的に法律を破る生産者や市場などに対して法的措置を取ります。

参考:
https://www.breederstrust.eu/
https://www.maff.go.jp/primaff/koho/seminar/2016/attach/pdf/160531_01.pdf

オランダのジャガイモ育種会社と栽培農家の話

オランダ国内に品種が約250種あり、各育種会社は毎年1〜3品種(多い年だと5品種登録したという話を聞いたことがある)を登録し、ほぼ同数が姿を消しています。

SCHAAP HOLLAND社(ポテカル・2014年4月号)取材時に、育種目標の設定から発売まで約10年かかるが、市場導入後の普及は難しく、定着に数年要するという話を聞きました。日本でもジャガイモの新品種はなかなか浸透しないですよね。

また一社ですべての育種をせず、複数の育種会社が秘密保持契約を結んで共同開発に取り組むこともあるそうで、業界全体で向上していこうということですね。

オランダ(世界)を代表するジャガイモ育種会社Agrico社(ポテカル・2014年8月号)は、世界約80国へ種イモを輸出しています。

印象的だったのは、生食用で粉質系の品種(オランダの主食はジャガイモで、伝統的なオランダ料理はマッシュポテトにタンパク質に付け合わせの野菜)の需要が落ち、作付け面積も減少。硬めで早く調理ができ、ベイクドポテトに適した品種が増加傾向にあるという話です。生産者は消費者の需要に合った品種に切り替えていくし、開発に時間がかかる育種会社は、さらに先回りしてマーケットを読みながら育種しているんですね。

その時に「オーガニック品種の需要も高まっているよ」という話も。マーケットに自ら挑むオランダ有機栽培グループ(ポテカル・2015年10月号)で訪問した経営面積70haの有機栽培農家は、ジャガイモに関して言えば、オーガニック用に育種された疫病耐性が高い品種と、いわゆる”在来種”を栽培していました。

オーガニック用に育種された品種はhaあたりの収穫量25〜40トンで、慣行栽培の約2割減とのことでしたが、そんなに少なくないです。(国内と比較するとむしろ多い)しかし在来種に関して言えば、10トン/haだと言っていました。どちらが優れているという話ではなく、マーケットの需要と流通、また生産者の経営戦略に応じてその両方を組み合わせて栽培しているのです。

ここからは個人的なつぶやきです。オーガニック栽培の圃場面積を本気で増やしたいのならば、病害虫耐性を有しているなど有機栽培でも育てやすい(収穫量が確保できる)品種が必要で、そうなると新しい品種の育成者保護をして、新しい品種が登録されていく状況を作っていくことが必要ではないか、と。

慣行栽培の畑作農家(ポテカル・2017年6月号)も種苗法や植物検疫法はEU規制よりオランダ国内規制の方が厳しい、ただしあくまでも「ライセンス(保護)品種」を栽培した場合で、「フリー品種」の種イモを自家採種することは違法ではないよ、と語っていました。

TPCという育種会社は、(農業経営者・オランダのマネジメント型ジャガイモシロシストセンチュウ対策で取材)オランダ国内の個人育種家と契約を締結し、煩雑な手続きを代行するなど個人育種家が育種に専念できるよう環境づくりをしていました。

どの民間育種会社も、会社の利益のためだけでなく、「生産者のため」「消費者のため」に育種をしていると感じました。また生産者もフリー品種であれば、自家採種は違法ではなく、種イモ栽培をして翌年植え付け、また種イモの輸出や販売している方もいます。

(追記)オランダ品種委員会によると、保護品種(登録品種)の自家増殖は一律禁止です。しかし穀物やジャガイモに関しては、育成者に許諾料を支払えば自家増殖ができます。
https://www.raadvoorplantenrassen.nl/nl/home/faq/#2

さいごに

オランダ農家が栽培したタキイ種苗の「えびすかぼちゃ」が、オランダで手に入った日の嬉しさは忘れられませんし、オランダのライク・ズワーン社の野菜たちも日本の農業フェアで見かけて心踊りました。日本で「牛の心臓」と呼ばれる巾着型のトマトも食べれるんだ、って。

雑食動物である私たちは、食べたことがない食べものを躊躇する「食物新寄性恐怖」と食べたことがないものを積極的に食べようとする「食物新寄性嗜好」という相矛盾する行動を生れながら持っており、そのジレンマと生きているそうです。(「食べること」の進化史・石川伸一)私はもしかしたら「食物新寄性嗜好」が優っているかもしれません。

そして「在来種を守りたい」と活動されている方もいます。在来種ももしかしたら”食べたことないもの”になっている可能性もありますね。新しい品種にはワクワク感があり、在来種もまるで新しいものを食べるようなワクワク感がありますよね。両方あっていいのではないでしょうか。少なくとも農業分野で知財権が保護されているオランダには、どちらもあります。


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