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親友



「何が原因だったのでしょうか」

他人事のように聞かれて思わず変な笑いが起きそうになった。こんな場面で笑ってしまったら俺が変な人だと思われるよな。
でも、いくら何でもさ……まぁ、いいか。
俺も誰だか話からねぇこいつも、結局のところ同罪だよな。

真っ黒スーツを着るのは、これで何度目だろうか。
何年か前にばあちゃんが亡くなった時に、急いでクリーニングに出して、それからずっとクローゼットに眠っていた。
久し振りにクローゼットから出したスーツはやっぱりシワシワで、ポケットに手を入れるとくしゃくしゃのハンカチが出てきたくらいだ。
俺も成人してしばらく経つけれど、本当の大人になるってきっとこういうことの準備もちゃんとしていくってことなのだろうか。

「いやぁ、俺にもちょっと……」

俺は大人のふりして言葉を濁した。
向こうも心なしかホッとしたような顔になって「そうですよね……」とタバコに火をつける。

本当に俺は知らない。何も、知らなかった。
でもきっと俺にとっては、「知らない」ことがきっと罪なのだろう。


「もしかして、会社の人?」
「えぇ……同期です。でも部署は全然違くて、たまに飲みに行っていたくらいで……」

決して責めた言い方ではなかったと思うが焦ったように言葉を続ける。
仕方ねぇさ、とは言葉をかけられない。
それはきっとお前が言われて一番嫌な言葉のはずだから。

お前がいなくなってかなしい。
それはもちろん心にはちゃんとある。
でもそれ以上に「何で?」が大きくてうまく感情が動いてはくれない。
涙も出なければ、悔しさもない。
ただ、「何でお前が?」という気持ちだけだ。

「会社に仲良いやつとかいたんすか」
「それは、あの……」

考えるそぶりをしているけれど、きっと考えたって同じだろう。
タバコの灰がじりじりと減っていく。

「いろいろ聞いてすんません」

最後に大きく肺に煙を入れて吹き出した。ため息のように聞こえてしまったかもしれないけれどまぁ、いいだろう。
火を消して立ち去ろうとする俺に「いや、でも!」と引き止める声が聞こえた。

「仲いいやつとは違いますけど、好きな人がいるって聞いたことがありました」
「まじ?」
「飲んでる席で、ですけど。確か、そんなことを言っていて、」
「……今日ここにいる?」
「顔、見せてもらったことはないですけど、たぶん、ここには……」
「そっか」

「何でお前が?」のピースを俺は集める気はない。
だからこいつの話をこれ以上深掘りする気もない。
だってお前はもういないんだし、そんなの集めてお前の全てを暴いたって絶対にスッキリしないことはわかってる。
そんくらいの分別がつくくらいには、俺は大人になったんだ。

「まさか振られちゃったとかで……」

不安そうに聞いてきたが、聞こえないフリをして俺はそのまま喫煙所を出た。

俺にとってのお前は、間違いなく「友達」だった。
けれど、お前が勝手に死んだことで「親友」という立場が危うくなっている。

「何でお前が?」を追求する気はないけれど、それを知らないともうお前のことを「親友」と呼べない気がしている。

なぁ、お前いつの間に好きな人ができたんだよ。
俺はそんなことも知らなかった。
なぁ、お前いつの間に死んでんだよ。
俺は何にも知らなかったんだ、ほんとうに。

喫煙所を出ると弔問客はほとんど帰ったようで、どんよりとした親族のみが残って小さな声で話し合っていた。
一回り以上小さくなった身体の母親をみると何だか胸が痛くなる。
かける言葉も見つからないまま優しい顔した式場スタッフに香典返しを渡されて、俺はそのまま外に出た。

式場に来た頃はまだ夕日が落ちていくところだったが、もうすっかり夜に変わっていた。
さっきまで全然何ともなかった身体が鉛のように重い。
早く帰って寝たい。ベッドに入って一刻も早く目を閉じたい。

「あの……!」

駐車場に向かう途中で、喫煙所で会ったアイツが声をかけて来た。

「何ですか?」
「もしかして、タクヤさんですか?」
「何で俺の名前知ってんの。知り合いだったっけ」
「さっき、いろいろ思い出していて。それで、地元に親友がいるって聞いたことあったなぁって。今日ってあんまり地元のお友達いなかったですよね……?」

俺の地元はめっぽう田舎で、大半のやつが大学か就職とともに地元でる。
俺は都会は嫌いだし仕事も地元で探して残ったけれど、お前は「都会の方が俺でも頑張れる気がするから」と言って就職してここを離れた。
そもそもお前、友だちほんとうに少なかったしな。
だからお前が新しい場所で頑張るって聞いて、不安半分だったよ。
その残りの半分は、「お前ならまぁなんとかなるよな」だったけれど。

お前を地元を離れる前の日には一緒に酒飲んで、笑って、とにかく笑って、「東京で彼女できるといいな」なんて茶化して。

それから二年も経たずにお前はこんな形で地元に帰って来て。
こんなよくわかんねぇヤツがお前の同僚にいて。
好きな人のことも結局何もわかんねぇしよ。

何も、知らなかったんだ。
お前が心すり減らして頑張っていたこと。

何も知ろうとしなかったんだ。
都会に出たお前のところに行くことだってできたのに。
いつでも会えるからと、連絡だって大して返してなかったんだ。

そんな俺だったのに「親友」と言ってくれるのかよ。

「す、すいません……これよかったら……」

くしゃくしゃのハンカチをポケットから出されたのを見て、自分が泣いていることに気が付いた。
あぁ、コイツも俺とおんなじなんだ。

「……葬式の後ってスーツ、クリーニングに出してる?」

涙を流しながら、我ながら意味のわからん質問だったと思う。

「えっ……いや……いつもこういう時になってからお急ぎ便で出したりしてます……けど」

それが何か関係あるのか?という顔をしていた。
そりゃそうだよな。
俺だってなんかわかんねーけどさ。

「いやいや、ごめん。何でもない。……今日、このまま東京帰るの?」
「いえ、明日有給取ったんで。今日はこのまま泊まってゆっくりあいつの地元、見てみたいなって」

何だよ、お前の同僚、めっちゃいい奴じゃん。
気づいていたか?お前、東京にも友だちできてたんじゃんかよ。

「よかったら、一緒に飲まない?東京にいた頃のアイツの話聞きたいなって」
「いいんですか?」
「うん。アイツとよく行った居酒屋、あるからさ」

いつの間にか、同僚の目にも涙が溜まっていた。
おそらく今日はこのまま飲み明かしてしまうだろう。
お前のエピソードは腐るほどあるからな。
きっとこいつも俺も、お前のことをだれかに話したくてしょうがなかったんだ。
でもきっとその先にはどうしても逃れられない「何でお前が?」がついて回るだろう。
だから思い出すことも怖かったんだ。

何も知らなかった後悔は止まないだろう。
この先ずっと、ずっと消えないのだろう。
でもさ、ごめんと謝ることしかできなくなっても、お前のことを「親友」と呼びたい。

なあ、頼むよ。
もう一度、お前に会いたいよ。

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