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残影

 どう転んだってもう俺は終わりなんだ。この先後何十年、生きていたっていいことなんかないんだ。そう言って泣きそうな顔で笑ったお前の顔が灼きついて離れない。そんな事ないさ、と言えるような無責任な俺だったら良かった。生きてればいい事あるさ、と笑ってごまかせる適当な俺だったら良かった。そうしたらお前の心は救われたのだろうか。いくらでも励ます方法なんてあったはずなのに、俺は酒に任せてお前の苦しみを見なかったことにしてしまった。

 後悔は簡単に生まれて来るくせに簡単には消えてなくならない。俺の言葉にお前を救える力はなかったかもしれないけれど、それでもあの日俺はお前に「変なこと考えるんじゃねぇぞ」と言うべきだった。お前が死ぬのを手伝ったわけでもない。けれどお前が生きていくために助けになったわけではない。罪にはならない俺の行動は誰にも責められることではないが、だからこそ自分で自分を責めることしかできないんだ。

 お前はわかっているのか。お前が死ぬと決めた日に俺と会ったことで俺に一生の十字架を背負わせたんだ。お前はわかっていたのか。お前のその勝手な行動で誰がお前の代わりに苦しむ事になるのかを。わかっていてやったのなら、お前は本当に馬鹿野郎だ。それすらももうわからなくなってしまったのなら……それでもお前は世界一の大馬鹿野郎だ。

 俺があの日にどんな行動をしていても同じ結果だったのかもしれない。
それでもやっぱり俺は、お前に生きていて欲しかった。生きていたら、辛いこともあるよな。生きていたら苦しいことばかりだよな。涙が止まらなくて、嗚咽をしながら明日を思う夜もあったはずだ。泣き疲れて眠る夜だって、確かにあったはずだ。きついよな、嫌になっちゃうよな。全部捨ててどこかに消えたくなるよな。

 それでも俺はお前に生きていて欲しかったんだ。

 お前の母ちゃん、あんなに元気な人だったのにお前の訃報を聞いた後過呼吸で倒れたんだぞ。お前の弟、生意気だったよな。お前の葬式ではお前の父ちゃんと二人、涙を堪えていつも通りを装って弔問客の対応してたんだぞ。大事な家族だから、ってお前ボーナスで旅行に連れてってやったりしていたじゃねーか。家族はお前の思い出をもう、きっと笑顔では思い出すことはできないんだ。遺書に書いてあった「育ててくれてありがとう」は今後俺たちが一生をかけて親に、家族に伝えなきゃいけない言葉だったはずだ。

 俺はこれからお前の家族に俺が最後に会っていたことを伝えにいくつもりだ。罵られるかもしれない。だって唯一の止めるチャンスは俺にあったのだから。責められても、罵られてもどうしても見せたいものがあるんだ。


「なぁ、俺が明日死んだらどう思うよ」
「何言ってんだよ。飲みすぎだって。お前JRだろ?もう終電来ちまうよ」
「いいからいいから」
「……お前が死んだらそりゃ悲しいだろ。お前の母ちゃんにどんな顔して会えばいいんだよ」
「ははっ。……そっか……母ちゃん、悲しむよな」
「当たり前だろ。ほんとお前どうしたんだよ」
「よし!写真撮ろう。笑顔でさ」
「ちょっ、マジやめろって。なんで男二人で写真なんて……」
「いーからいーから。ほらスマホ出して。おし、はいチーズ」
「うわ、俺目閉じてんじゃん」
「あんなに写真嫌がったくせに写真映り気にしてんのー」
「うるせぇなぁ……」
「……俺になんかあったらそれ見せてあげて」
「お前さ……」
「あっ、やべっ!終電まで3分じゃん!ゴメン走るわ」
「気ぃつけろよ!寝過ごすなよ!」
「わーーかってるっって。んじゃまたな!」
「あっ、おい!来週の集まり忘れんなよ!」

 二人で撮った写真を今になって何度も見返す。目を閉じてブッサイクな俺の隣に最高の笑顔のお前。お前にとってそんなに死ぬことが嬉しいことだったんだろうか。お前にとって生きることよりも死ぬことの方が前向きだったのだろうか。俺にはわかんないよ。わかってたまるかよ。それでも今、お前が全ての苦しみから解放されてその笑顔でいてくれるのならば。そう願うしかないんだ。残された人たちはもう、ただこうやって思い出の残影からせめて今は安らかにと願うことしかできないんだ。

それしかもう、何もしてやれないんだ。それが死ぬってことなんだ。

ごめん。ごめんな。

何度謝ってもあの日の夜に戻ることはもうできなくて。

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