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〈機会の平等〉とは何か?

 AさんとBさんが次のように会話しているとしましょう。

「〈機会の平等〉は重要だね」
「僕もそう思う」
「だから、経済格差を縮めて〈機会の平等〉を目指さないといけないね」
「いや、格差を縮めなくても、もう〈機会の平等〉は達成されているよ」
「どうして?」
「だって、入試や就職で、性別や人種で不利になったりしないでしょ」
「そんなことないと思うけど、仮にそうだとしても〈機会の平等〉が達成されていることにはならないよ。人生は生まれた環境で大きく左右されるんだから」
「でも、本人が望んで努力すれば、難関大学に進学したりする機会は平等にあるんだから、〈機会の平等〉は達成されているよ」
「それこそ、進学の成否なんて生まれた環境で大きく左右されるんだから〈機会の平等〉は達成されてないよ」

 2人とも〈機会の平等〉は重要だと考えているようです。しかし、2人の意見は合いません。なぜでしょうか。それは〈機会の平等〉の重要性については意見の一致があっても、「〈機会の平等〉とは何か」については意見の一致がないからです。

 それでは〈機会の平等〉とは何なのでしょうか。そして、日本において〈機会の平等〉は十分に達成されているのでしょうか。今回の記事では、これらのことを考えていきます。

※ 参考文献・参考ウェブサイトは記事の最後に示し、本文では著者名・刊行年・ページのみを括弧に入れて表記します。

Ⅰ.〈形式的な機会の平等〉の概要

 実は〈機会の平等〉には2種類の考えがあります。1つは〈形式的な機会の平等〉で、もう1つは〈実質的な機会の平等〉です(井上 2011、堤 2011、花形 2021、平野/亀本/服部 2002 pp. 154-166)。

 まずは〈形式的な機会の平等〉から見ていきましょう。教育学者の堤大輔は〈形式的な機会の平等〉を次のように説明しています。

〈形式的な機会の平等〉とは、この社会で何らかの資源を勝ち取りたいと欲してそのための競争に参入しようとしてきた者を決して拒絶しない(つまり必ず競争に参戦させる)、ということである。(堤 2011 p. 35)

 私なりに〈形式的な機会の平等〉をまとめると、次のようになります。

〈形式的な機会の平等〉:ある競争(例:進学・就職・昇進)に関して、各人は、その競争と関係のない属性(例:性別・性的指向・人種)によって差別的に扱われないこと。

 例えば、2018年には、東京医科大学をはじめとする10の大学の医学部の入試において、女性や浪人の回数が多い受験生が不利になるように不正に得点操作が行われていたことが明らかになりました(大学ジャーナルオンライン 2018)。これらの入試においては〈形式的な機会の平等〉が達成されていないことになります(齋藤 2021 pp. 13-14)。

 〈形式的な機会の平等〉の考えに従えば、競争からの排除をともなう差別および競争への参入規制は、原則的には退けられます(平野/亀本/服部 2002 pp. 161-162)。つまり、競争は開かれていなければならないのです。

Ⅱ.〈実質的な機会の平等〉の概要

 それでは、〈形式的な機会の平等〉さえ達成されていれば、競争の機会が平等になっているといえるでしょうか。政治学者の齋藤純一は次のように言います。

たとえば、同じ能力をもち、それを活かそうとする同じ意欲があるなら、等しいチャンスを与えられるべきだという考え方があります。〔原文改行〕これは、もしあなたの家が貧しくて学費を払えず、自分に能力や意欲はあると思うのだけれども、最初から進学をあきらめざるをえないと想像してみたら、理解できるのではないでしょうか。入試自体には問題がないけれども、高い学費というハードルがあるなら、その学校は誰に対しても平等に開かれているとは言えないかもしれない。(齋藤 2021 p. 15 強調は引用者)

 つまり、〈形式的な機会の平等〉が達成されていても、実質的には競争の機会が平等になっているとは言えないかもしれないのです。このような考えから、求められるのが〈実質的な機会の平等〉です。堤は〈実質的な機会の平等〉を次のように説明しています。

〈実質的な機会の平等〉とは、他の参加者と同じスタートラインに就けない事情――典型的には、心身の障害や、経済的困窮――を抱えた者に対しては、スタートラインに就くまでの補助を施すというやり方である。(堤 2011 p. 35)

 私なりに〈実質的な機会の平等〉をまとめると、次のようになります。

〈実質的な機会の平等〉:同じ程度の能力と意欲がある人が、生まれた環境に左右されず、同じ程度の見通しをもてるように、各人に資源が与えられていること。

 例えば、齋藤が提示する例のように、一定の能力と意欲がありながら、経済的な余裕がないために進学を諦めざるをえない子どもが大勢いるとすれば、その社会では〈実質的な機会の平等〉は達成されていないことになります。

 〈実質的な機会の平等〉の考えに従えば、平等なスタンスで競争にのぞめるように、資源の面における一定の公的な援助は是認され、そのかぎりで財の再分配の正当化されることになります(平野/亀本/服部 2002 pp. 162-163)。そうした措置には、例えば、障害者に対する施設補助や経済的に困窮した人に対する経済的援助が含まれます。

Ⅲ.日本における〈形式的な機会の平等〉

 さて、現代の日本において〈形式的な機会の平等〉と〈実質的な機会の平等〉は十分に達成されているのでしょうか。ここでは、ジェンダーに関する〈形式的な機会の平等〉について考えてみます。

 まずは、就職について見てみます。2023年に日本労働組合総連合会(連合)が最近3年以内に就職採用試験を受けた1000人を対象にした調査によれば、32.8%の人が就職活動中に「男女差別を感じたことがある」と回答し、8.9%の人が性的指向について、7.6%の人が性自認について、面接にて質問されたことがありました(ハフポスト 2023)。

 次に、昇進について見てみます。日本では特に政治・経済分野での男女格差が大きいと言われており、2022年度の企業の課長級以上の管理職に占める女性の割合は12.7%でした(NHK NEWS WEB 2023)。女性管理職が少ない背景には、ガラスの天井(女性や社会的少数者がキャリアアップを目指す際に直面する見えない障壁のことで、企業がそうした人々を一定の職位以上に昇進させないことの例え)があることが指摘されています(東京新聞 2021)。

 これらをふまえると、残念ながら、日本において、ジェンダーに関する〈形式的な機会の平等〉は十分に達成されたとは言えないと思われます。

Ⅳ.日本における〈実質的な機会の平等〉

 それでは、現代の日本において〈実質的な機会の平等〉は達成されているでしょうか。ここでは、子どもの進学に関する〈実質的な機会の平等〉について考えてみます。

 2021年に内閣府が全国の親子5000組(有効回収数は2715組)を対象に実施した調査によれば、〈子どもが将来どの段階まで進学すると思うか〉という設問に対して「大学またはそれ以上」という回答が全体では50.1%でしたが、準貧困層(等価世帯収入が中央値の2分の1以上で中央値未満)では36.5%、貧困層(等価世帯収入が中央値の2分の1未満)では25.9%でした(東洋経済オンライン 2022)。つまり、生まれた階層によって、子どもの進学の見通しが大きく左右されてしまうのです。

 そもそも、進学以前に基本的な生活自体が危うい事態になっている子ども多くいます。同じ調査によれば、〈過去1年間に必要とする食料が買えなかった経験があったか〉という設問に対して、「よくあった」「ときどきあった」「まれにあった」という回答を合わせた割合は、「準貧困層」では15.0%、「貧困層」では37.7%でした(東洋経済オンライン 2022)。つまり、食料すらままならないという経験をした親子が大勢いるのです。

 経済学者の阿部彩は、子どもの貧困が深刻であることを示す複数のデータを提示して、次のように言います。

これらの統計データから明らかなことは、多くの子どもにとって「機会の平等」が達成されているどころか、生活自体が脅かされている事実である。奨学金などの教育費の前に、電気料金や家賃、食事、医療といった基礎的な生活条件が整っていないのである。(阿部 2019 p. 18)

 これらをふまえると、残念ながら、日本において、子どもの進学に関する〈実質的な機会の平等〉は十分に達成されたとは言い難いと思われます。

おわりに

 今回の記事では、〈機会の平等〉には〈形式的な機会の平等〉と〈実質的な機会の平等〉という2つの考えがあるということを述べ、日本においてそれぞれが十分に達成されているかどうかを簡単に考えました。

 はじめに提示したAさんとBさんの会話において、Aさんは〈機会の平等〉を〈実質的な機会の平等〉として理解し、Bさんは〈機会の平等〉を〈形式的な機会の平等〉として理解していたと考えられます。ゆえに、2人とも〈機会の平等〉の重要性については同意しているにもかかわらず、2人の意見は合わなかったのです。

 なお〈機会の平等〉は経済格差と大きく関係しますが、下の記事では、過度の経済格差がなぜ問題なのかという点について書きました。過度の経済格差が〈機会の平等〉の他の観点からも問題となることを述べています。ぜひこちらもお読みください。

 また、下の記事では、「男女平等」というときの「平等」とは何かという点と、管理職の人数の男女格差について書きました。ぜひこちらもお読みください。

 読んでくださって、ありがとうございました!

参考文献・参考ウェブサイト

阿部彩 2019「「子どもの貧困」と「機会の平等」」(『経済社会学会年報』41巻)
井上彰 2011「機会の平等・再考――正義の観点から」(齋藤純一編『支える――連帯と再分配の政治学』〈〈政治の発見〉第3巻〉風行社 第6章)
齋藤純一 2021『平等ってなんだろう?――あなたと考えたい身近な社会の不平等』(平凡社)
堤大輔 2011「《〈実質的な機会の平等〉の追求は〈結果の平等〉に行き着かざるを得ない》という議論の正しさについて」(『育英短期大学研究紀要』28号)
花形恵梨子 2021「公正としての正義とアファーマティブ・アクション」(『倫理学年報』第70集)
平野仁彦/亀本洋/服部高宏 2002『法哲学』(有斐閣)

NHK NEWS WEB 2023「企業の女性管理職の割合12.7% 厚労省「国際的には低い水準」」(2023年7月31日)〈https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230731/k10014148061000.html〉[最終閲覧日:2023年12月25日]
大学ジャーナルオンライン 2018「医学部入試、10大学が不適切、文科省調査最終まとめ」(2018年12月18日)〈https://univ-journal.jp/24050/〉[最終閲覧日:2023年12月25日]
東京新聞 2021「「ガラスの天井」感じますか? 企業で働く女性に本音を聞いた」(2021年4月28日)〈https://www.tokyo-np.co.jp/article/100878〉[最終閲覧日:2023年12月25日]
東洋経済オンライン 2022「子どもの貧困、内閣府「初の全国調査」で見えた悲痛な実態」(2022/02/15)〈https://toyokeizai.net/articles/-/508546〉[最終閲覧日:2023年12月25日]
ハフポスト 2023「「かわいい」「恋人とどこまで…」5人に1人が“採用面接”で不適切な質問を経験。裏アカ調査の実態も【就職差別】」(2023年06月06日)〈https://www.huffingtonpost.jp/entry/mensetsu_jp_647ea249e4b091b09c34681d〉[最終閲覧日:2023年12月25日]

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