見出し画像

太宰治『きりぎりす』読書感想文 なぜコオロギがキリギリスになるのか

太宰治『きりぎりす』は1940年(昭和15年)に『新潮』に発表された短編です。

以前から、この作品では
・最終部分で、なぜコオロギがキリギリスになるのか
について、曖昧にされてきた気がするのですが、今回はこの点に絞って書いてみます。
ネタバレ前提になりますのでご注意ください。

〇太宰治『きりぎりす』のあらすじ

主人公は、清貧を愛する妻です。
彼女は裕福な家の出でありながら、19歳の時に「私でなければ、お嫁に行けないような人のところへ行きたい」と思い、その絵に感銘を受けて、売れない貧乏な画家の元に嫁ぎます。
けれども、画家は有名になり、それとともに妻の目には夫の尊大さ・俗物根性が目に付くようになって、心の中で別れを切り出すのでした。

〇コオロギがキリギリスに変わる

私は、あの夜、早く休みました。電気を消して、ひとりで仰向に寝ていると、背筋の下で、こおろぎが懸命に鳴いていました。縁の下で鳴いているのですけれど、それが、ちょうど私の背筋の真下あたりで鳴いているので、なんだか私の背骨の中で小さいきりぎりすが鳴いているような気がするのでした。この小さい、幽かな声を一生忘れずに、背骨にしまって生きていこうと思いました。

こちらが問題となる部分です。
妻の独白体の中で、縁の下で鳴いていたコオロギがキリギリスに変わっています。なぜこのようになっているのでしょうか。

〇古語におけるコオロギとキリギリス

まず、コオロギとキリギリスという言葉について調べました。

「広辞苑第四版」(岩波書店)でコオロギを引くと、このように書かれています。

「①バッタ目コオロギ科の昆虫の総称~(略)~古名キリギリス ②古くは、秋鳴く虫の総称」


また、キリギリスの項目はこうです。

「①コオロギの古称 ②バッタ目(直翅類)キリギリス科の昆虫」

つまり「コオロギ」は古くは秋に鳴く虫の一般的な言い方であり、
「キリギリス」は古くはコオロギのことを指した言い方だった
、ということです。

だからこの作品では、とくに意味もなく、二つの虫の言い方の変化が起こったのでしょうか。
そのことを考えるために、この作品中で鳴いていたのは、実際はどちらの虫なのかを考えてみようと思います。

〇作品中で鳴いていたのは実際はどちらかの虫なのか

現在ではキリギリスは緑色の虫、コオロギは黒い虫を指します。

画像1

この場面の最初に「私は、あの夜、早く休みました。」とあります。
時間が夜と設定されていることから、この場面で実際に鳴いていた虫はコオロギだったと思われます
今でいうキリギリスは、昼間にしか鳴かないからです。

〇作品発表時におけるコオロギとキリギリス

次に作品発表時(1940年)のコオロギとキリギリスについて少し調べてみます。

「虫のこえ」という童謡があります。こちらの2番は1910年の最初の発表時では、このようなものでした。

きりきりきりきり、きりぎりす
がちゃがちゃがちゃがちゃ、くつわ虫
あとから馬おい、おいついて
ちょんちょんちょんちょん、すいっちょん
秋の夜長を、鳴き通す
ああおもしろい、虫のこえ

それが1932年に一行目がこのように改められます。

キリキリキリキリ こおろぎや

Wikipediaによると、この改変は
「これは歌詞にある「きりぎりす」がコオロギを指す古語であり、「きりきり」という歌詞もまたコオロギの鳴き声を表現したものであることから、虫の名と鳴き声とを整合させるためであった」とのことです。

なので太宰のこの作品の発表時(1940年)には、今と同じ、「キリギリス=緑の虫、コオロギ=黒い虫」という考え方が一般的だったと思います。

この場面で、妻は夜に鳴いているこの虫を、一般的に「こおろぎ」と認識した後に、古語である「きりぎりす」に言い直しているのです。

〇まとめ

虫の呼び方すら変わってしまったということに気が付いていながら、あえて昔の呼び方の「きりぎりす」の方を大切にしたいと言う妻。

話の流れと考え合わせると、この「きりぎりす」は、昔から自分が大切にしていて、今では間違っているかもしれない思い、「孤高や清貧」などの象徴ではないかと思いました。
一般的にはすでに呼び方は「こおろぎ」であり、自分が世間からずれていることは実はわかっている。
でも昔の思いのほうを大切に自分の中にしまっておきたい
そういう気持ちをここの部分の「きりぎりす」という言葉に載せて語っているのだと、私は思いました。


文学・文豪系ブログやっています(外部です) → マルノート

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?