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伴奏者

昔々、あるところにピアノ弾きがおりました。なにを隠そうわたしなのですが💦

とある結婚式で、名古屋では有名なバイオリニストのO先生が余興で演奏を頼まれ、その伴奏にわたしが任命されました。
パーティーで知り合い、酔いも回ってわたしが「バイオリンでヴイターリのシャコンヌを弾いてみたいです」といったら、O先生は、「いまからはじめても十年掛かるわよ」と笑っておられました。
そりゃそうだ。わたしも笑いました。

ずいぶん昔の話なので、結婚式でなにを弾いたか覚えていないのですが、「まるさんはなにか弾きたい曲はありますか?」と問われ、いいんですか?と戸惑いつつ、チャイコフスキーの「アンダンテカンタービレ」を弾きたい、といいました。
もちろんO先生はOKしてくれました。

練習はたくさんしました。
そう難易度の高い曲ではないのですが、なにせ思い入れのある曲なので、練習中何度もくじけそうになりました。

結婚式も近くなり、バイオリニストとの音合わせの日がきました。

緊張も最高潮になり、その他の楽曲の合わせの分まで気を配っていなかったので、バイオリニストからいろいろ指示が飛びました。
「ここからわたし、走るから。ついてきて」
すべて楽譜に書き込み、本番で失敗しないようにわかりやすく印をつけました。

本番の結婚式、花嫁さんは奇麗でした。
新郎はやや固くなっているように思いました。
でも、いま、誰よりも緊張しているのはわたしだということが、この心音からわかります。

わたしたちの出番になり、黒で揃えた衣装を着て、お辞儀をしました。
もう酔っぱらっている人もいて、なんだか大丈夫だろうか、と気にかかりました。
クラシックなど退屈だ、と野次が飛ばないか心配でした。

一曲目。拍手はパラパラ。二曲目、すこし客の集中力もでてきたかな。もう一曲弾いて、最後の曲、チャイコフスキーの「アンダンテカンタービレ」です。
お客さんの方が静けさを保ってその舞台をつくってくれるような気がしました。
わたしはバイオリニストの音に聴力をフル回転させ、一音でもずれたらいけない、と集中力を高めました。
バイオリニストの弓の動き、腰の振り方、フレーズごとに吸うときの鼻息、すべてを目で追いかけました。もはや楽譜を見るどころではなかったのです。
この曲は特別に好きな曲で、わたしもバイオリンの音に乗っかり陶酔するような感覚がしました。
最後の音が消えると、耳鳴りがするような拍手を浴びました。
わたしはバイオリニストと握手をしてみなさんにお辞儀をしてその場を去りました。

「よかったわよ」バイオリニストのO先生がわたしに声を掛けてくださいました。
「ありがとうございます。先生のおかげです」
「いえいえ、あなたがよくついてきてくれたからよ。大変だったでしょう」
「はい、途中記憶が飛んでます」
「うふふふ」バイオリニストは笑いました。

それ以降、わたしがバイオリンの伴奏者をする機会はなくなりましたが、発表会で生徒さんたちとの連弾など、数々を経験してきました。
わたしはソロで弾くより、伴奏者の方が性に合うのではないかと、そのとき思いました。

バイオリンのO先生、若き日のわたしに貴重な体験をありがとうございました。

残念ながらいまはピアノからは遠ざかっておりますが、我が子供に語ることができる、経験談となりました。

娘もピアノが好きです。でも、主にポップスが好きで、耳コピしたり、ネットで音を取り弾いたりして楽しんでいます。

つい、昔を懐かしんでしまいましたが、どんな経験もすべて自分の肥やしになるのだなぁ、といまになり思う次第です。

みなさまにも、こんな珍しい体感したことがあるよ~、という方がおられたら、たいへん幸せなことだと思います。

O先生、もうお会いすることはないと思いますが、どうかお達者で、まだまだ現役でバイオリンを弾いておられると信じています。
感謝。



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