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最後の家族旅行

施設で暮らしている両親を連れ出し、都内某ホテルでの一泊旅行が実現できた。

車椅子ごと乗れる介護タクシーの配車と、両親のサポートをしてくれるヘルパーさんにも同行してもらい、大掛かりなものとなったが、特に大きなトラブルもなく、無事に一泊できた。

朝ごはんを食べたかどうかもすぐに忘れてしまうほどの認知症の進行した両親にとっても、施設を飛び出し、大いに満喫できた旅行となったと思う。

食事は懐石料理で、両親の分はあらかじめ細かく切って出してもらうようにお願いし、何年かぶりの外食に舌鼓を打っていた。
父などは母の茶碗蒸しを取りあげ、ふたつも食べていた。茶碗蒸しは昔から大好物で、母もよく作っていたのを思い出す。
ふたりとも食欲旺盛で、デザートまですべて平らげたのには驚いた。
ヘルパーさんももちろん同席してもらい、お酒も飲んで、みなで盛り上がった。

広々とした庭園が有名なホテルだが、着いた途端に雨が降ってきたので、散策はできなかった。
まあ、車椅子なので、すべては回りきれないところだっただろうが。


春には桜が、秋には紅葉が美しい庭園

なんといっても、我が家の三兄弟が揃うことが本当に久しぶりで、長兄などは張り切って焼酎の森伊蔵の瓶を持ち込んでいて、両親たちが寝静まってから、部屋を移り、酒を酌み交わしながら共通の趣味のプロ野球談義に花を咲かせた。

わたしの娘も加わっていたが、一人っ子なので、兄弟でわちゃわちゃするのが羨ましいのと、自分も兄弟の一員になった気分だった、とあとで語っていた。

両親はよく眠れたようで、翌朝は部屋で朝食をとり、これまたぺろりと平らげ、ご機嫌だった。

帰りの車の中で、兄と話した。
父ももう歩けないだろうということと、母の認知症が末期だということと、あわせて考えると、これが最後の家族旅行になるだろう、と。

おそらく、今回のこの旅行のこともすぐに忘れてしまう二人だろうが、われわれ三兄弟にとっては悔いのない親孝行ができたと思う。
そう思わないと、いずれ来る見送りのときに、笑顔で送れないだろう。

とにかく疲れが半端なかったが、ヘルパーさんの行き届いたお世話にも感謝を述べて別れ、それぞれの家へ帰り、また、日常に戻ったのだった。



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