ガラス越しの世界#3 ジャパニーズ・ハウスの魅力

Wikipediaによると、イギリスの25歳の女性シンガーソングライター、アンバー・ベインによるソロプロジェクト名が、`ジャパニーズ・ハウス`である。

僕は外出するときは大抵歩く。ただ歩いているだけでは退屈なので、音楽を聴いているのだけど、最近この`ジャパニーズハウス`にはまっている。

この人を知ったきっかけはネットサーフィンで、youtubeのお勧めに上がってきたのを何気なく聴いた時だった。90.9bridgeという米カンサス州のラジオ局の動画で、青いフェンダー・ストラトキャスターを膝にのせて、ゆっくりと弦をつま弾いていた。鳥みたいに痩せていて、肩まで伸びた金髪には軽いカールがかかり、前髪の奥から、片方の青い冷静な瞳が周りを伺っていた。

ソロ演奏の前に行われたラジオパーソナリティーとの談話は、英語のリスニングが苦手な僕には8割がた理解できなかったけど、低い声が印象的だった。彼女の体格には少し大きめに見える黒い厚手のコート、白いインナー、色あせたグレーで六分丈のパンツ、コンバースっぽいスニーカー。簡素でかっちりとした装いが素敵だった。感状を容易には見せない平坦でシャープな顔立ちと、いざ歌い出すと強く惹きつける声の深い響き。そのギャップが魅力だった。

簡素なスツールに腰かけ、ゆったりとしたフィンガー・ピッキングが紡ぎ出すサウンドは、ギターとアンプを直で繋いでいるのか、クリーンだった。ボーカルは、鏡のように静まり返った泉の深みで鳴動する水を思わせ、エフェクトでハモリがかけられていた。決して軽くは感じない声だ。アコギではなくエレキでの弾き語り。スチール弦の生音では声に音負けするのかもしれない。伝えたい情感が繊細で壊れやすいのだろう。ゆっくりとしたテンポだ。

聞く者を高揚させるよりかは、むしろ落ち着かせるタイプの曲で、タイトルは”STILL”。

これを皮切りに、彼女の曲を幾つかダウンロードして、外出のお供に連れ回る日々。

音楽は、無償の恋人のようなものだ。聴く者すべてを無条件に温めてくれる。気遣いはいらないし、飽きたら遠慮なく距離を置けばいい。どこまでもわがままに付き合える伴侶なのだ。とくに、わが身を世間から引き離して、何日も誰とも口を利かず、すれ違う人と目が合う事すら億劫な人間にとっては。

いつも歩く小高い丘が、窓の向こうに見える。丘の頂は、建ち並ぶ家やビルの間から、空に向かって首を伸ばしている。増殖する都市で覆われた自然の一部。

  あの丘に生える芝の鮮やかさが、いつものように僕を誘っている。丘は公園になっている。息を切らせて急な階段を昇れば、そこから街を見渡せる。銀糸となって煌めく鉄道、遠くに連なる工場の屋根。船と海とが気怠げな青に溶け合い、その向こうには霞がかかる房総。

 また、あそこをぶらぶらと歩こう。彼女の歌声を聴きながら。

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