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企画部門経験者ながら初めて企画書を作った話

2023年12月、私は途方に暮れていた。
転職エージェントからきたある一通のメールから事は始まった。

それは、どのような商品をどのような打ち出しで売るか、企画を考えて最終面接の際に提案せよという課題の連絡だった。

面接のみだと思い込んでいた私は不意を突かれた。
この時点で面接まであと4日。
…ダメだ出来る気がしない。


私の前職は中小企業のメーカー小売で、商品企画や販促企画に携わる仕事をしていた。職務経歴書にもそのように書いた。
企画部門の経験者ならばこの課題は出来るだろう、と傍目からは思われる。

が、実は自分でアイデアを考え、企画書を作り、プレゼンするような正攻法で企画提案をしたことはない。

しかし、課題ができなければ最終面接の土俵に上がれない。
力士だとまわしがない状態である。

丸裸で行くわけにはいかず、4日でまわしを自作するしかなかった。


まずはインターネットで「企画書」と入力し、ネット上にアップされている様々な企画書を探した。
その中から「宣伝会議デジタルマガジン」の「マル秘公開 これがプロの企画書だ!」という連載を見つけた。


マーケティングのプロが作った実際の企画書が紹介されている。
早速開いてみると、記事を全文読んで資料をダウンロードできるのは有料会員だけだった。
少し迷ったが、藁にもすがる思いで3,960円/月を支払い会員登録した。


…が、
プロの企画書を見て、さらに途方に暮れた。


クオリティが高すぎるのである。
企画書ビギナーは逆立ちしたって真似できない。

まず、企画自体にワクワクするような面白さがある。
そして企画書も、読んでいる人に面白いと感じさせるように、ロジックの分かりやすさだけでなく、ビジュアルのインパクトがある。
企画書を作るテクニック以前に、面白いアイデアをどうやって生み出すのか。

ここで私は、中身が無ければ何も書けぬことに気づいた。


ノープランからあと4日で内容を考えて企画書にまとめるなんて…
時間が過ぎるにつれ絶望が濃くなってゆく。

焦った私は、ルーズリーフを引っ張り出し、とりあえず思いついた語句を書き連ねてみた。
しかしそこから膨らまない。
こういう時のアイデアの広げ方がビタイチ分からぬ。
そもそもいくら調べたとは言っても、業界もその会社の知識もアイデアを出すには十分ではないのだ。
ビギナーが手当たり次第に書き殴ったところで出る訳がない。

これ以上は何も浮かばないと悟った私は、前職の上司に相談することにした。


上司からはすぐ連絡が来て、まずはフレームワークに当てはめて考えてみること、とアドバイスをもらった。
そういえば、昔この元上司に「役に立つから」と勧められ、フレームワークの教科書を買ったことがある。本棚から引っ張り出した。
在職時には役立てられなかったが、今この瞬間、あの時の上司の進言は見事に伏線を回収した。

アイデア・発想を広げるフレームワークをいくつか使い、無骨ながらもアイデアを膨らませてみる。
しかしフレーム通りにはうまくいかない。
マンダラートなんて穴だらけだ。
81マスきちんと埋めて実行した16歳の大谷翔平の凄さを思い知った。

追い込まれた野生の勘で、絶対に振り返ってはいけないことを感じていた。穴だらけだろうが突き進むしかない。
実際の需要とか、予算とか、オペレーションとか、現実的なことを挟めばそこで試合終了だよ。
最後まで希望を捨てちゃいかんと、私の中の安西先生が鼓舞する。


フレームワークとはすごいもので、とっ散らかったアイデアを見せられるレベルにまで整理してくれた。
これで何とかアイデアは捻り出せた。
まわしの生地を織り上げたと言って良いだろう。
しかしまわしの締め方が分からない。
これまた元上司の「企画書のテンプレートをネットで探せ」という助言に従った。

ネットで拾ってきたテンプレートに何とかねじ込み、ようやく企画書らしいものが出来上がった。
これで、全裸で土俵に上がるという最悪の自体は避けられたところに、元上司から3つ目のアドバイス。


「書類としてはそのまま出すと、捻りも面白さもないから、そこの形は崩して表現してみること。
企画そのものの面白さも必要ですが、表現からワクワクさせられるかが大切なので、この2つが出来ているか確認してみてください」



0スタートで糸をかき集め、穴だらけながらも生地を織り、

見よう見まねでまわしを締めた私に

化粧まわしを作れということ…?!



ワクワク感が大事なのはとてもわかる。

私もプロの企画書見てワクワクしたさ。
部外者の私が「何この企画面白い!採用!」と思ったさ。

それ故、プロと自分の圧倒的な力量差を痛感した。
プロに遼かに及ばざる者、プロ遼太郎。

いや司馬遼太郎先生は謙遜なのに、私がプロ遼太郎はおこがましい。
プー太郎だ。

プー太郎には豪奢な西陣織のまわしなんて作れぬ。


内容のワクワク感は、残り時間が少なくもはや修正できない。
工夫できる箇所がないか振り返ってしまうと「やっぱりこの企画では無理があるのでは…」と不十分さに気づき、絶望の谷底に落ちてしまう恐れを感じた。

ならばいじれるのは見栄えしかない。
企画書の見た目で何とかするしかないと決めた私は、フリーイラストに頼ろうとネット上を探し回った。


こうして「穴が空いている箇所にワッペンつけて可愛らしくしてみました」な企画書が完成したのは面接前日の深夜だった。


迎えた当日、手作りワッペンまわしを締めた私は、緊張の面持ちで最終面接の土俵に上がった。
企画書作成で4日全て使い果たしてしまったため、プレゼンは練習する間もなくぶっつけ本番となったのが悔やまれるが、しどろもどろになりながらも何とか終えた。

面接が終わると、それまでの不安と緊張が一気に解かれ、どっと疲れた。


その夜は冬至ということで、疲労を癒すためにも、自宅の浴槽に柚子を浮かべた。
朗らかな柚子の香りに包まれると疲れがほぐれ、少しずつこの一連の出来事を振り返った。

前職で企画部門に携わりながらも、企画を提案せよという課題に慌てふためいた。
自分がやっていた仕事と、世間の「企画」の仕事との差を感じた。

小さな柚子を一つ持ち上げ、鼻先に漂うあたたかな柑橘の香りで、ある小説を思い出した。
芥川龍之介の短編小説『蜜柑』


汽車で一緒になったいかにも田舎娘の少女に嫌悪感を抱いていた主人公。
しかし少女のとある行動を目の当たりにし、一瞬で心の持ち様が変わるーー

全体的にどんよりとした薄暗い情景で話は進むが、その中に投入される蜜柑が鮮やかな色彩で世界に色を与え、主人公の心の中を描写している。


この主人公は、ある事情に気づいた瞬間、少女の見方が変わった。
それまでの鬱々たる世界が暖かな蜜柑色に変様した。

知れば見方が変わり、見方が変われば世界が変わる。


手のひらで黄色く光る柚子を見つめていると、一つの考えが浮かび、私は昂然と頭を挙げた。


企画できるようになるため、一から勉強しよう。


プロの企画は、内容も企画書もワクワクすること。
見れば見るほど力量差がありありと分かり、途方に暮れたこと。
それでもアドバイスをもらいながら、何とか企画書を作りあげたこと。

自分の力量とやりたい仕事、それに求められるレベルを知った。

だが私は企画できる人になりたい、でも知らないことがいっぱいある。
それなら学ぼう。
知れば世界が変わるのだから。


転職活動の傍ら、私はマーケティングの勉強をしている。
マーケティングとは顧客視点から考える売れる仕組み作りのことで、商品企画や販促企画はその仕組み作りの中に内包されている。
まずは大枠を理解するため「マーケティング検定3級」の取得に向けて勉強している。


残念ながら、この会社とはご縁がなかった。
その結果を今回お世話になった元上司に報告すると、
このような返事が返ってきた。


「“結果を原因に変える”
悪いと思っていた結果もその後の取り組み次第で好転する原因となるので頑張れ」


いつかこの出来事が原因となる日が来るように、私は学びを続けていく。


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