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【2000字のドラマ】思い出すにはなんてことのない夏

「今なにしてる?」

夏になると思い出す2人の先輩がいる。大学の軽音楽サークルで知り合って、同じバンドが好きだったことをきっかけに仲良くなった。そのサークルは変なあだ名をつけるのが伝統らしく、自分はマルシェと呼ばれていた。なんか雰囲気がキックのMCUに似ているかららしい。

1人目はキリンくん。年齢は1個差で普通の人よりも首の骨が1個多いそうだ。真意は定かではないし、そもそも首の骨の数が本来いくつなのかも知らないが。

2人目はターナーさん。学年は1つ違いだが年齢は3つ離れていた。あだ名の由来はアクモンのヴォーカルに雰囲気が似ているから。今のビジュアルではなく初期の髪が長かった頃だ。

そんな2人と最後に会ったのは3年前。なぜかその日のことはやけに覚えている。思い返せばなんてことのない1日だったはずなのに、どうしてなのか夏の記憶トップに位置している。

大学を卒業してから会う頻度は年々減っていたが、気まぐれにグループLINEにターナーさんから連絡が来る。その一言目は決まって同じだった。

8月の終わりの土曜。夏らしい日差しが降り注ぐ暑い日だった。朝飯のスクランブルエッグと焼いた食パンにインスタントコーヒーをローテーブルに置いてぼんやりとテレビを眺めていた。部屋の外からは洗濯機が回る音が聞こえてくる。夏といっても学生の頃と違って長期の休みがあるわけでもない。ただの土曜として消化される予定だった。そんな時に届いたターナーさんからのLINE。暇だと答えると、そのあとすぐにキリンくんも暇だと返す。

「じゃあ昼前に浅草寺集合でどう?」

なぜだか分からないが、学生の頃は浅草によく行っていた。ホッピー通りで酒を飲みまくるのがかっこいいと思っていたのかもしれない。多分そうだ。しかし、卒業後は集まりやすい新宿か池袋あたりで飲むことが多くなってきたので、3人で浅草というのはかなり久々のことだった。「いいじゃん」というキリンくんの返事に続けて自分も「了解」と送った。そっけない感じになってしまったが、内心嬉しかった。

3人が浅草寺前に集まったのは12時前だったはずだ。発起人のターナーさんが1番遅かったのもいつも通りだった。

「いやー、ごめんごめん。こんなに早くレスくれると思ってなかったから準備してなかったわ」

あまり悪いと思ってなさそうなテンションで謝るターナーさん。髪は学生の頃より伸びて後ろで括っていた。両耳のピアスも増えた気がする。

「お前が昼前って言ったんだから急いで来たんだよ。遅れたから昼飯はターナーの奢りな」

キリンくんは少しだけ肉がついた気がする。捕食される前に餓死するタイプのキリン、などと揶揄されていた学生時代に比べ、健康的になったのは良かったような寂しいような。短髪にサングラスの長身という見た目は怖いが。

「てか、この時間に浅草来てなにするんすか?」

おそらくノープランだろうなと思っていたが一応聞いてみる。

「とりあえず浅草寺にお参りして昼は冷やし中華でも食おう」
「お参りはするんだな」
「そりゃあ浅草寺来たらお参りするだろ。な、マルシェ?」
「まぁ、せっかくですしね」

浅草寺でお参りした後は近くにあった定食屋で3人仲良く冷やし中華を頼む。瓶ビールも注文して昼からアルコールを体内に入れるという背徳感も久々に味わう。

「で、この後どうする?」

誰よりも早く食べ終わったキリンくんが空のグラスを左手に持て余している。

「んー、スカイツリーまで歩くのはどう?」
「この炎天下を?」
「それがいいじゃん。夏感じてこうぜ」
「夏の感じ方合ってる?」
「合ってる、合ってる。マルシェは行きたいところある?」
「いやー、俺は昼から酒飲むんかと思ってたから」
「それは夜になったらゆっくり飲もうぜ」
「今飲んでのはなんだよ」

キリンくんの的確なツッコミに「これは水分摂取」と酒豪みたいな返しをしたターナーさん。だが、少なくともこのメンバー内で1番弱い。

ゆるりとスカイツリーへ向けて歩き始める。暑い、死ぬという弱音を吐くのもターナーさんが先だったし、なんやかんや体調を気遣ってスポーツドリンクを3人分買うキリンくんも相変わらずだった。

15分ほど歩いたところでかき氷屋を見つけて入ることにした。噂は何度か耳にしていたデカくてお洒落なかき氷である。絶対に男3人で入る店じゃないなと思ったが、もはやどうでも良くなってきていた。この3人でいる時間が好きだから。

スカイツリーにたどり着いてソラマチ内のお店を適当に物色する。「これカッケー!」などと買いもしない高級な包丁を眺めた。

1時間はいた気がするが、スカイツリーには登らなかった。下から眺めるだけで満足してしまったし、なにせ価格が高い。来た道を戻りながら生産性ゼロの会話を繰り広げていたと思う。生産性がなさすぎてここに関しては1ミリも思い出せない。

浅草に戻ってホッピー通りで酒を飲むコースかなと思っていたら、ターナーさんが隅田川を走る水上バスを見て「あれ乗っちゃわね?」と言い出した。完全に学生時代のノリに戻っていたキリンくんも自分も「いいねー」と返す。

水上バスは豊洲行きらしい。磯の匂いがまぁまぁキツかったし、隅田川はお世辞にも綺麗ではなかったが、多分ずっと笑っていた。定食屋でもスカイツリーに向う途中もかき氷屋でも、夜になってもずっと。

2人とも元気にしているのかな。あの夏を更新したい。いや、更新しなくてもいいから笑い合いたい。

今日は8月3週目の土曜日。日差しが強くて夏らしい日だった。LINEのグループにメッセージを送る。

「今なにしてる?」

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