中国の一人っ子政策と強い家父長制を背景にした女性主人公の悔しさが姉弟の絆を際立たせていた『シスター 夏のわかれ道』
【個人的な満足度】
2022年日本公開映画で面白かった順位:54/187
ストーリー:★★★★★
キャラクター:★★★★★
映像:★★★☆☆
音楽:★★★☆☆
映画館で観たい:★★★★☆
【作品情報】
原題:我的姐姐
製作年:2021年
製作国:中国
配給:松竹
上映時間:127分
ジャンル:ヒューマンドラマ
元ネタなど:なし
【あらすじ】
看護師として働くアン・ラン(チャン・ツィフォン)は、医者になるために北京の大学院進学を目指していた。
ある日、疎遠だった両親を交通事故で失い、見知らぬ6歳の弟・ズーハン(ダレン・キム)が突然現れる。望まれなかった娘として、早くから親元を離れて自立してきたアン・ラン。一方で待望の長男として愛情を受けて育ってきたズーハン。姉であることを理由に親戚から養育を押し付けられるが、アン・ランは弟を養子に出すと宣言する。
養子先が見つかるまで仕方なく面倒をみることになり、両親の死すら理解できずワガママばかりの弟に振り回される毎日。しかし、幼い弟を思いやる気持ちが少しずつ芽生え、アン・ランの固い決意が揺らぎ始める…。
葛藤しながらも踏み出した未来への一歩とは――。
【感想】
これはすごく濃厚なストーリーで面白かったです。自分の人生を生きるか、姉として生きるか、どちらかの選択を迫られる主人公の心境がとても辛かったですね。だからこそ、ラストがより感動的になるんでしょう。
<お国柄の社会的背景が生み出す闇>
この映画、何が辛いって、主人公の置かれた環境が個人の力じゃどうしようもないところなんですよ。それが、一人っ子政策と家父長制です。一人っ子政策は学校の社会科の授業で習う人も多いと思いますが、かつて中国に存在した政策で、基本的に夫婦1組につき子供は1人とするもの。ただ、条件を満たせば2人目を生むことが許されるようですね。中国は家父長制が強いのか、男の子を欲しがる傾向にあります。アン・ランの両親も例外ではなく、男の子が欲しいのに女の子が生まれてしまったため、障がい者のフリをさせて2人目を生む許可を国からもらおうとしたほどです。そういう意味では、アン・ランは望まれた子供ではなかったんですよね。こういう社会的な背景によって苦しめられる人がいるんだというのは、日本に住んでいるとまったくわからないことなので、不謹慎かもしれませんがとても興味深いと感じました。
<突如崩れそうになる人生プラン>
そんな彼女の元に現れたのが、事故で亡くなった両親が授かっていた息子。アン・ランからすれば弟になります。親元を離れて暮らしていた彼女は、弟の存在を初めて知りました。親戚たちはこぞって弟の養育をアン・ランに押しけますが、彼女からしたらたまったものではありませんよ。今まで自分の力だけで生きてきて、北京の大学院進学という人生プランがありました。そのために看護師として働いて生活費も稼いでいるのに、そこに弟の養育が入ってくるとなると、ライフスタイルや人生プランが根底から一気に揺らいでしまう恐れがあります。
しかも、ズーハンはかなりのわがままです。聞けば、両親からだいぶ愛情深く育てられたようで。そのことも、アン・ランの神経を逆なでする要因なんだろうと思いました。自分が求めていた両親からの愛情を、"男の子"という理由だけでズーランは享受してきたんですから。そんなズーランを親戚は誰も引き取ろうとしません。まあ、これは面倒事は引き受けたくないというよりも、それぞれ家庭の事情があってのことだったりもするんですけど。それに何より、実の弟なので養育の第一責任者はアン・ランにあると思うのは暗黙の了解というか、そうなるべきだろうってみんな思いますよ。ただ、彼女も育てる気はさらさらないので、いっそのこと養子に出し、これまで通り自分の人生を生きようと思うのは、彼女のこれまでの生き方を踏まえれば当然のことです。
<徐々に変わっていく気持ち>
ところが、幼い弟といっしょにいるうちに、ちょっとずつアン・ランの気持ちが変わっていきます。今まで自分のために生きてきたし、今後もそうしたい気持ちはありますが、だんだんと自分が育てるべきなのではないかと葛藤が始まるんです。ここがすごく感情が揺さぶられるところでしたね。自分の人生を歩むか、姉として弟の面倒を見るか。どちらかを取っても、もう片方に後悔が残りそうな形です。
さらに泣けるのがズーランの行動です。自分にはアン・ランしか頼れる人がいないってわかってるんですよ。でも、彼は彼で自分の置かれた立場やアン・ランの気持ちをすごく汲み取っていて。幼いながらも姉の人生を邪魔したくないって思ってるんですよね。このズーランを演じた子役のダレン・キムの演技がすごくて。天才子役ここに極まれりかって思いました。
最後のオチはぜひその目で観てほしいですが、辛い境遇にありながら、あれだけ自分の人生にこだわっていたアン・ランが、姉としての自覚を持つよう気持ちが変化していく過程はとても面白かったです。きっと彼女なら、どちらかの人生ではなく、どちらの人生もつかみ取ることができそうだなと感じました。
<そんなわけで>
女性であるというだけでうまくいかない人生を乗り越えようともがく主人公の姿が印象的な作品です。個人の力ではどうしようもない社会的な背景によって生み出される悲劇を、リアリティと感動をもって描く手腕が素晴らしかったです。しかも、監督は僕と同世代の女性というから、その才能に驚きました。女性目線だからこそ描ける作品かもしれません。男性よりは女性の方が思うところがありそうだなと思います。
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